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南外村の遺跡
   

 

南外村の遺跡


昔を伝えるもの

南向きで、日当たりの良い台地は、昔から人々の住んだ所です。川の移り変わりでできた段丘を歩いてみると、大昔の人々が使った石器や土器のかけらを見つけることがあります。
小出の台地や山王台は、約一万五千年前から、二万年ぐらい前の旧跡時代や約三千年から七、八千年前の縄文時代の「遺跡」です。このほか村内には十一ヶ所ほどの縄文時代などの遺跡が判っています。現在、村のところどころにある遺跡跡には、由来を書いた標注が建っています。
 


南外村の古代遺跡
村内のいたるところで遺跡が発見されています。

埋葬骨

旧石器

埋葬骨

 

旧石器



楢岡城址(ならおかじょうし)

城の後ろは出羽丘陵の山々に囲まれ、前面は楢岡川、雄物川という絶好の要塞でした。
この地域は、室町時代まで佐原太郎時連が治めていましたが、長禄2年(1458年)小笠原氏が戦勝。以後、角館の戸沢氏と手を結び、家康の天下統一までの長きにわたって小笠原氏(後に楢岡氏と改称)が楢岡城で執政を敷きました。 楢岡城跡は、当時の遺構が保存されていて、学術的にも大変価値のある遺跡です。また、常泉寺をはじめ楢岡城に関した史跡や館跡が十数カ所発見されています。この他村内には、楢岡城と関係のある「館(たて)」跡が、十五ヶ所ぐらいわかっています。

 

 

楢岡城



土手の古柵
      (こさく)

今から4百年程前に、豪族の住んでいた屋敷跡です。まわり400メートルほどに土手を築いて、その上にいばらのいけがきをまわし、まわりに深い堀(水路)をめぐらし、その四方に矢ぐらがあったと言われています。
屋敷の中には、多くの人をやとっていて、この付近の田や畑を耕し、山から鉱石を掘ったりして、暮らしをたてていました。このような史跡を、「在家(ざいけ)」跡とよんでいます。

 

土手の古柵



大畑窯跡

南外村は古来より焼物の盛んな村でした。今から七百年ぐらい前に、大畑、小出、赤平沢にかけて、焼物

を焼いた窯跡が残っています。おもに、壺、瓶(かめ)、すり鉢、浅鉢、とうすい(網のおもり)などがつくられていました。

 

大畑窯看板



このほか村の中には、昔を伝える寺社、石碑、一里塚などが残っています。
村では、このような史跡を大切に守る仕事をすすめています。

小林塚跡
小林塚跡

 


田神塔(たのかみとう)

資料:南外村教育委員会編「私たちの南外村」より抜粋

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