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青年教育に生涯をかけた
半田忠蔵 (1860〜1899)
佐竹藩の家臣半田茂助の長男として久保田城下(秋田市)に生まれた。父茂助は柔術の師範を努めるなど藩主からの信頼は厚かったが、明治維新の士族の解体で南楢岡(南外村)の大杉部落に移った。父は苦しい生活の中から忠蔵に漢学を学ばせた。期待に応えて19才で秋田師範学校に入学し、卒業後は村の教育にあたった。忠蔵はまた済々義会をつくり、学生や村の有志をつのって、様々な意見交換や討議をし、夜を徹して語り合った。一方、野球や相撲を普及させ、多くの人々に親しまれた。
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