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太田の黄桜情報〜ただいま満開!

5月3日(金・祝)に第6回太田黄桜まつりが開催されました。

令和元年の今年はめでたく天候に恵まれました!

当日はてくてくウォーキングをはじめ、ちび馬とのふれあい、ツリークライミング、自然体験教室、バトントワリングショー、ストリートけん玉ショーなどを中心に大盛況でした!

大台スキー場で遊ぶのは気持ちよさそうですね〜

黄桜まつり当日はたくさんの人に来場していただき本当にありがとうございました!

太田の黄桜は東北一の並木であり、今年は5日(日)に満開といえるほど見頃をむかえております。

曇っていてもキレイですが、やはり太陽の光を浴びている黄桜の鮮やかな黄色がいい!

今月中旬までが見頃と思われます。

今週も天気がいい日が多いようですので、ぜひ並木をご覧に大台スキー場まで足を運んで見てください!

5月7日(火)の黄桜の様子

いざ!令和へ

令和が始まろうとしています。
昭和生まれの私も、昭和→平成→令和と3つの年号を経験することになります。
少し前までは、3つも4つも年号を経験するのは、大正生まれや明治生まれの方だけの特別な事な気がしていましたが(笑)

平成を振り返るより、令和へと前に進むような話題をと考え、令和を待ち望んでいる方を探してみました。思いついたのが、「令和生まれの赤ちゃんがお腹にいる妊婦さん」!

思いついたところで、妊婦さんはそうそういないのが現状・・・、のびのび園の園長先生に相談して、ご紹介いただきました。
今回、快く取材に応じてくださったのは上園実菜子さん(堤田在住・33歳)です。現在、妊娠8ヶ月、お腹の中の赤ちゃんは3番目のお子さんで、上に小学校2年生と年少のお子さんがいらっしゃいます。だいぶお腹は大きくなっていますが、お仕事も続けているそうです。
私は妊婦さんから生命力というか熱量というか妊婦さんオーラを感じるのですが、実菜子さんはお人柄そのものが明るくおおらかな、それにプラスして妊婦さんオーラがでているのでとてもキラキラとしています。

赤ちゃんが令和生まれになることは、特に意識していないそうです。妊娠がわかったときも、年号が変わることの報道が今ほどなかったので、意識はなかったと言います。
実菜子さんはもちろん、家族みんなが生まれてくる赤ちゃんの誕生を楽しみにしています。特に年少の小さなお兄さんは、今から「赤ちゃんのお世話する、ミルクをあげる」とはりきっており、お腹に話しかけているそうです。

甘えたい日もありますけど、お兄さんになりますよ♪

実菜子さんに、令和生まれの赤ちゃんにはどんなふうに育ってもらいたいか伺うと、「3人目だからおおらかにのびのびと育ってほしいですね。令和元年の記念すべき年に生まれることから、『令和』のもつ、明日への希望や大きく花を咲かせるという意味にちなんで、大きく花ひらいてもらいたいと思います」と語ってくれました。

実菜子さんは穏やかに妊婦生活を送っており、それは子育て環境がいいからだとお話ししてくれました。3人目が授かった時も、気持ち的に安らぎがあるから授かったと思ったそうです。
旦那さんの協力はもちろん、園に安心して保育をお願いできること、職場の理解があることなど、周りのいろんな協力が、ゆとりを持たせてくれると語ってくれました。
心にゆとりがあるおかげか、自分も旦那さんも健康で、さらにお子さん達も学校や園をほとんど休むことがないほか、体調不良による急な呼び出しもほとんどないそうです。

周りの協力を、ありがたいと受け止められる実菜子さんのお人柄があってこそだと思います。
楽しそうに明るく妊婦生活を送っていたら、周りが協力しようと思うことも納得です。

安倍首相の談話によると、令和には「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」という意味も込められているそうです。実菜子さんが語ってくれたような、妊婦さんが安らぎ穏やかに過ごせる環境も、それこそ「人々が美しく心を寄せ合う」中から生まれている気がします。妊婦さんに優しい環境が整うことが一つの文化となっていけば、少子化も食い止められるかもしれないですよね。

「いざ!令和へ」
希望に満ちた妊婦さんのお話から、私も改めて周りへの感謝を忘れないようにしたいなと感じました。新しい元号の始まりとともに、家族、職場、地域、いろんな場面で「美しく心を寄せ合うこと」を意識してみたいなと思います。

実菜子さん、貴重なお話をありがとうございました。お体、お大事になさってくださいね。元気な赤ちゃんの誕生を祈っています☆

まさかの開花宣言!? 太田庁舎の桜

大曲の市役所前の桜が咲いたと聞いて、「いつも早いから。こちらはまだまだ」と油断しておりましたが、なんと4月19日13時現在で、太田庁舎敷地内の桜の木で6輪が開花していることを確認しました!

朝9時頃、庁舎内の職員から情報提供があり、朝の時点で4輪の開花。(こういった情報提供があるおかげで、太田のブログは成り立っていると、つくづく感謝です)照ったり曇ったりの午前中、期待を胸にお昼に確認に行ったところ、めでたく6輪の開花を確認できました。
まさか太田でこんなに早く咲くとは、皆さん意外に思われることと思います。秘密は太田庁舎2階と太田文化プラザ2階を結ぶ渡り廊下です。

透明なガラスと屋根に覆われたこの渡り廊下は長さ12.5m、東西にわたって延びていますが、その渡り廊下の南側が開花ポイントです。渡り廊下の透明なトンネルが反射材となり、太陽の光が南からだけでなく北からも桜の枝にあたることにより、人一倍暖かみを味わっていると思われます。
その証拠に渡り廊下の南側と北側ではつぼみの状態がこんなに違います。

南側の桜のつぼみ

 

北側の桜のつぼみ

 

桜の開花に心躍る金曜日となりました。皆さんも、開花はまだまだと思いこまず、週末はゆっくりと桜を眺めてお散歩してみてはいかがでしょうか?まさかの開花宣言があるかもしれませんよ♪

豪風が太田にやってきた!

4月12日(金)、今年1月に力士を引退したばかりの元関脇・豪風が太田東小学校とおおた児童クラブを訪問してくださいました。(※関脇は横綱・大関に次ぐ番付)
今は引退され押尾川(おしおがわ)親方となった豪風、金足農業高校の出身ですが、同じ金農出身で下宿が一緒だった先輩という方が太田にいらっしゃるおかげで、この度の太田訪問が実現しました。
豪風が、太田東小学校を訪問するのは今回で2回目、1回目は2009年に太田東小学校の相撲場が改装された時、そのこけら落としとして実施された相撲大会に来てくださっています。現役の力士がまわしをつけて土俵にあがったとあり、太田に大きな喜びと希望を与えてもらいました。この時以来、豪風は太田地域を度々訪れてくれています。

豪風が会場に入ると子ども達は緊張した面持ちです。豪風は挨拶の中で「17年間という長い間、現役でできると思っていなかった。どうして長くできたかは引退して相撲を離れてわかったことだが、目標を持ってやってきたこと、目標を達成するために強い気持ちを持ってきたことがよかったと思う。目標を持つことは、大人も子どもも関係なくある。目標をもって強い気持ちで目標に立ち向かってほしい」と語りました。

そして「質問の時間を大切にしているので、たくさん質問して欲しい」と、サービス精神旺盛です。質問をしてもいいことがわかると、次々と質問が寄せられます。

Q どうしてお相撲さんになったのですか?
A 自分自身、将来何をしたいか、好きなことは何なのかを考えたら、相撲だった。

Q どうやって力をつけたのですか?
A 毎日の努力で一日一日を大切に過ごして、力をつけてきた。

Q 誕生日はいつですか?
A 6月21日、今年40歳になる。

Q 好きな食べ物は何ですか?
A ちゃんこ鍋が大好き。

Q 体重は何キロですか?
A 現役でテレビに出ていた頃は150キロちょっとあったが、今は10キロくらい痩せて140キロくらい。

Q 私生活で気を付けていたことは何ですか?
A 現役時代は食べ物に気を付けていた。体に悪いものは食べない、おやつは食べないようにした。好き嫌いはもちろんなし、バランスよく食べるようにしていた。

Q 引退後やりたいことは何ですか?
A 家族との時間が少なかったので、家族との時間を大事にしたい。

Q 一番うれしかったことは何ですか?
A 勝った時。

Q 好きなキャラクターは何ですか?
A (困ったように少し考えていましたが)スギッチ!

Q 趣味は何ですか?
A 体を動かすこと。

Q 憧れの力士は誰ですか?
A 君たちはわかるかな?大関・千代大海。

Q お寿司は何皿ぐらい食べますか?
A 回転ずしのことかな?本気を出したら30皿ぐらいかな。普段は15~16皿。

子ども達の質問は多岐にわたりますが、どの質問にもにこやかに真剣に答えてくださいます。最後に「私たちにメッセージをお願いします」とお願いすると、「目標を持ってもらいたい。その都度その都度、いろんな目標をたてて欲しい。そして全力で努力して、小学校生活を送ってください」と語りました。

その後は、「腕相撲挑戦コーナー」があり、4人の児童が豪風と対戦しました。対戦した子ども達はみんなの声援を受け、両手・全身で勝負を挑みますが、元力士にはさすがにかないません。

入学したばかりの1年生も挑戦、豪風に「挑戦した4人の中で二番目に強い!」と褒められていました。一戦を交えながらふれあった後は、学年ごとに記念撮影、握手をしたという女子児童は「握手してもらったから、手あらわれなぁい」とにこにこしていました。

その後、豪風は美郷町の老人福祉施設に向かい、また太田地域へ戻ってきて、今度はおおた児童クラブを訪問してくださいました。
児童クラブでは、豪風をお迎えする準備を入念にリハーサル。指導員の先生が「豪風~」というと子ども達が「おつかれさま!」、先生が「押尾川親方~」というと子ども達が「おめでとう!」とコールします。本番もバッチリ決まり、豪風も喜んでくれていました。

おおた児童クラブでも豪風を囲んで記念撮影

豪風の訪問で力士がぐんと身近になった気がします。太田への訪問本当にありがとうございました。
そして、太田地域と豪風をつないでくださった太田町小神成北野の髙橋さん、ありがとうございました。髙橋さんによると、ここ太田でマゲを結った豪風を見られるのはこれが最後だろうとのこと。貴重な訪問を実現してくださりありがとうございました。

太田東小学校では、親子体育祭(4月28日開催)のプログラムに「相撲」があります。豪風訪問の興奮冷めやらぬ時期、今年は例年以上に盛り上がるかも知れませんね!

静かな朝

自分が生まれ育った町の景色を皆さんはどのくらい知っているでしょうか。

「この風景は私しか見ていません」
そう語るのは太田町東今泉に住む小松博幸(こまつ ひろゆき)さん。

なんとご自身が撮った写真を太田支所に寄贈したいと持ってきてくださいました!

写真は平成27年10月20日に大台山から撮影した太田町の風景で、なんとなんと第60回秋田県美術展覧会(県内最大規模の美術公募展です)で60回記念章を受賞した作品「静かな朝」です!

小松博幸さんと寄贈していただいた作品「静かな朝」

太田の普段と違う姿に私は、これ太田なんですか!?と驚きを隠せませんでした。

小松さんは当日の朝奥羽山脈にモヤがかかっているのを見て「これはいい写真が撮れる!」と直感し6時頃に大台山へ登ったそうです。山頂から見えるのは思っていた以上に雲ばかりの景色でしたが、「風景は少しの時間でまったく違うものになる」としばらく待って6時30分頃やっと「これだ!」という写真が撮れたとのこと。

10年前まで何もない日はお酒を飲むばかりだったという小松さん。
「2人の娘がいるのに、これではいけない」と思っていたところ、職場の上司の誘いで写真に興味を持ちカメラを始めました。
カメラについては雑誌や写真展で作品を観て勉強しているそうです。独学でこれだけ素晴らしい写真を撮れるなんて、天の才ではないでしょうか…(笑)

「大台山にはたくさんの賞をもらいました。」
冬には雪をこいで大台山に登り写真を撮ることもあるという小松さん。
今後もお気に入りの写真を支所に贈りたいとおっしゃってくださいました。

また、大台山について、
・4月中旬にはカタクリの花がキレイに咲くこと。
・5月末から6月初旬の夕焼け時には多くの人が訪れるほど良い景色であること。
・霧がかかった時には素晴らしい景色となるが人は来ない。
など穴場情報もたくさんいただきました!

寄贈していただいた写真は太田支所市民ホールに展示しております。
ブログではとても伝えきれない幻想的な作品です。
ぜひ皆さんも太田支所に来てご覧になってください!

スポーツ少年団太田支部・中仙支部結団式

4月6日(土)太田体育館でスポーツ少年団太田支部・中仙支部の結団式が行われました。太田支部と中仙支部が合同で結団式を行うようになったのは5年程前から、今年度の結団式には野球・サッカー・バスケットボールのチームが、中仙支部から6団、太田支部から4団、合計10団130人参加しました。

スポーツ少年団中仙支部の戸嶋藤典支部長は、あいさつの中で「皆さんはスポーツを通じて日頃から心と体を鍛えている。結団式のこの日に、チームの目標・個人の目標を自分の中でもう一度確認し、達成できるようにがんばってほしい」とエールを送っていました。
結団式では、各団が順に前に出て、チームの紹介と今年度の意気込みを語ります。野球チームの太田南ファイターズは団員17名、「1つでも多く勝てるように全員野球を目指しています。チーム全員で全県優勝できるようがんばります」と力強く話してくれました。

その後スポーツ少年団団員綱領を団員全員で読み上げました。

結団式のあとには交流会があり、ロープジャンプを楽しみました。チームは違っても、同じ空間で同じ運動をし、応援したりされたりとまさしく交流をはかっていました。

少子化により、スポ少チームも各学校単位での結成が難しくなってきました。学校・旧市町村の枠を超えて結成されている団もあります。スポ少の広域化は、少子化によるマイナスの影響と捉えるより、根底にあるスポーツでの喜びを絶やしたくないという、指導者や保護者の皆さんの子ども達を想う気持ちの表れであると感じました。この結団式で、団員はもちろん、活動を支える指導者や保護者の皆さんの気持ちの結団を見た気がします。
スポ少の皆さん、今年度の活躍も期待していますよ、がんばってください!

鈴木空如模写「法隆寺金堂壁画」の複製が完成

太田地域出身の仏画家・鈴木空如は、東京美術学校(現東京藝術大学)卒業後まもない明治40年(1907)ごろから昭和11年(1936)まで、実に30年にわたり法隆寺の金堂壁画12面を独力で3組模写しました。
空如の模写の方法は、現状模写といわれるもので、壁面のひび割れなどをありのままに描くものでした。
空如の作品は、昭和24年(1949)の法隆寺金堂の火災で壁画が焼損する前に模写されたもので、学術上大変貴重なものとなっています。
この空如模写「法隆寺金堂壁画」は、原寸大(大壁4点タテ3m×ヨコ2.5m、小壁8点タテ3m×ヨコ1.5m)で、現在、次の3組が確認されています。
第一作目 所蔵者:箱根の鈴木家
制作年:大正11年完成(明治末年着手、空如49歳のとき)

第二作目 所蔵者:平木浮世絵財団(東京国立博物館へ寄託)
制作年:昭和7年完成(昭和5年着手、空如59歳のとき)

第三作目 所蔵者:大仙市(生家から寄贈・平成24年3月23日秋田県有形文化財指定)
制作年:昭和11年完成(昭和7年着手、空如63歳のとき)

このうち第一作目の作品12点が「聖尊図像」2,082点とともに、空如の親類である神奈川県箱根町の「吉池旅館」を営む鈴木家から昨年11月大仙市に寄贈されました。
寄贈いただいた金堂壁画を、市民の皆さんにより良く親しんでいただくため、このたび岩手県北上市の業者に委託し、複製(レプリカ)を製作しました。

複製品は、デジタルカメラで作品を撮影し、コンピューターを使って色合いを精密に調整したあと大型印刷機でフランスのルーブル美術館など世界の美術館で採用されている美術品複製専用の洋紙に印刷。先端技術により色彩や質感をほぼ正確に再現し、また拡大や縮小が自由にできます。
今回作成した複製品の大きさは、原寸の1/2サイズ(大壁タテ1.5m×ヨコ1.25m、小壁タテ1.5m×ヨコ0.75m)です。原寸だと作品から少し離れて見なければ作品全体が分りませんが、半分の大きさに縮小したことで、間近に作品全体を見ながら細かな色合いや質感を確認することができます。

平成28年10月開催の空如展の展示準備中の様子。作品の大きさがおわかりいただけると思います。

 

今回作成の複製品は、原寸1/2サイズ。間近に作品全体を見られるサイズです。

 

複製品は、鈴木空如模写「法隆寺金堂壁画」展で5月24日(金)から6月9日(日)まで太田文化プラザ(太田支所隣接)で公開する予定です。
第一作目(複製品)と第三作目(原寸)の微妙な違いや、複製品の精巧さなどをぜひ確かめてみてください。

TRY農業 田中記者を取材

秋田魁新聞の県南版の「TRY農業」という連載記事、ご覧になっていますか?
こちらの記事を担当しているのは、秋田魁新報大曲支局の田中倫子記者です。

田中記者が大曲支局に赴任してきた3年前から、田中記者は太田の情報をたっぷりと発信し続けてくださっています。田中記者はとにかくパワフル、そのバイタリティで太田を拠点とした連載「TRY農業」が始まると聞いた時から、いつも取材する側の田中記者を取材してみたいと思いを寄せてきました。

「TRY農業」は「大仙市が運営する東部新規就農者研修施設(同市太田町)で農業未経験者の記者が研修生と共に1年間施設で学び、農業の楽しさや喜び、営農を志す若者らの思いを伝える」ことを目的とした連載記事。これまで34回にわたり掲載されています。

なかなか取材タイミングが合わずにむかえた3月27日、研修施設で最後の農作業を行うというので、今日しかない!と田中記者を「取材」しました。

「TRY農業」に取り組もうと思ったきっかけは?
大曲支局に勤務し、大仙市農業の中心である太田地域に新規就農者研修施設があることを知り、実際どういう人が農業を目指すのかということに興味を持った。
自分も研修生と一緒に農業を学び、作業をすることは、取材する前から楽しいだろうなと思っていたが、本当に楽しかった。

通常業務に加えての農業研修(取材)は大変だったのでは?
ここでの取材は、研修生と一緒に作業する中で、研修生が発した言葉や自分が感じたこと、その日の天気や作物の状況などを五感を働かせて集中して取材に取り組み、自分の中では普段の取材とは区別していたので、大変なことは無かった。
記事を読む方に、農業をするということの温度感が伝わるような記事を書きたいと心掛けた。
通常の取材で研修生と会う機会が何度かあり、田中記者はしっかり新聞記者をやっているところも見てもらえたと思う。

研修を終えようとしているが、今思うことは?
最初は、研修生が取材を受け入れてくれるか、取材拒否されないかと心配したが、スイカの苗を植えるあたりから打ち解けて、研修生一人ひとりを全員紹介することができた。
農業にはマイナスのイメージを持っている人がいるが、研修生を紹介する中で、農業で頑張る姿や思いを伝え、農業のイメージを少しは変えることができたかなと思う。
1年を通して連載できたことで、ここの研修施設のOBや地域の人たちに喜んでもらい、また研修を受けてみようと思う人が生まれたのではないか。少しは農業に貢献できたかな。
研修生と一緒に夜の会(懇親会)も何度か開き、腹を割って話をすることもできた。
良い出逢い、良い機会に恵まれた。

研修生へ伝えたいことは?
1年間という期間を決めて取材をしてきたが、農業のことを全部伝えたとは思っていない。研修を終えて就農する若者たちには、いろんな人たちからサポートしてもらいたい。
ここで学んだことに自信と誇りを持ち、自分の口から「私は農家だ」と前向きに発信してもらいたい。そして、やがては大仙市の農業、秋田県の農業のリーダーとなり、農業を盛り上げ、たくましく生きて欲しい。

30年度の研修生は8名、研修生に田中記者と1年過ごしてきた感想を聞くと、
「そこに田中記者がいるのが当たり前だった。この1年、一緒に農業を学び、取材を受けたことは、大きな刺激になった。特に新聞紙上で一人ひとり紹介され、農業に取り組むやる気がますます大きくなり、自信にもなった。ここの研修施設は受け入れ定員が10人だが、31年度は定員いっぱいの10人が研修を受ける。これは田中記者の連載による効果ではないかと思う」と話してくれました。

そして、3月29日、平成30年度の研修修了式が行われ、3名の修了生とともに田中記者も「取材課程を修了したことを証する」という修了証を授与されました。こちらは、農業振興情報センターで独自に準備したもの、田中記者への感謝があるのだと思います。また、田中記者が修了にあたって一言を述べようとすると、研修生の一人が涙を流し、田中記者がもらい泣きする場面もあり、田中記者が研修施設の一員としてチームに溶け込んだ取材を続けてきたことが伝わります。

田中記者、1年間の研修おつかれさまでした。「TRY農業」いつも楽しみに読んでいます。太田地域のみんながそうだと思います。
これからも魁新聞を見る時は「田中倫子」記者の名前を探しますよ~。引き続き、パワフルでソウルフルなたくさんの情報発信をよろしくお願いします!

太田の春の最前線

テレビや新聞でも桜の開花発表を「いまか、いまか」と待ちわびています。特に3月20日は全国的に気温が高くお天気も良いため、気象庁の職員が朝と午後と外に出て桜の花が何輪咲いているかを入念にチェックしています。
ここ太田でも、広報担当がスイセンの開花発表をしたい!と思い、「いまか、いまか」と待ちわびていますよ。いつも開花の早い地域を行ったり来たりして、気象庁職員顔負けの入念なチェックをしています(笑)黄色を発見して近づくと「ふきのとう」の群生、雪解けが早く気温が高くとも、さすがにスイセンの開花はまだかなとあきらめかけた頃、間もなく咲きそうなスイセンを発見!

開花したスイセンに会えるかも、とまた行ったり来たりしましたが、このつぼみが太田の春の最前線でした。残念ながら本日の開花発表にはいたりませんでしたが、開花を待ちわびるこの季節も、ウキウキと楽しいものです。皆さんも春の最前線を探してウキウキ感を楽しんでみてはいかがでしょうか。

春の嵐

すっかり春めいていた太田ですが、3月14日は春の嵐に見舞われました。

太田の今冬の雪は3月11日には積雪深0㎝、計測上の雪解けとなりました。その後14日の春の嵐により積雪深4㎝、翌日15日にはまた0㎝に戻っています。

春めいていた気候に合せて、心も頭も身支度も春めいていたところですが、久々の寒さにピリッと気合を入れられた感じです。
小さく芽吹いたスイセンやチューリップ、雪と寒さから守ってあげたい気持ちになります。これも成長に必要な試練です、ともに暖かい春を待ちましょうね。

太田の園芸作物販売額5億円達成 ! !

平成31年3月12日(火)奥羽山荘でJA秋田おばこ太田支店の園芸作物販売額5億円達成祝賀会が催されました。この祝賀会は、その名のとおり、JA秋田おばこ太田支店の園芸作物販売額が5億円を突破したことを祝うもので、秋田おばこ農業協同組合と同組合太田支店園芸振興連絡協議会が主催し、太田地域の生産者の方がたが出席されました。

太田支店の園芸作物販売額は、平成20年度に4億円を突破し、その後も枝豆や花き等の園芸作物の販売を拡大し、平成最後の節目となる平成30年度に5億円を突破しました。この5億円という販売額は、JA秋田おばこ管内の14のエリアの中で抜きん出た販売額です。(上位5地域の2月末の販売実績 太田:5億547万円、中仙:3億3,129万円、田沢湖:2億4,436万円、千畑:2億3,863万円、大曲:1億8,554万円)
平成30年度の園芸作物販売高約26億円のうち太田地域では20.7%を占め、太田地域の園芸作物の生産がとても盛んであることがわかります。

昨年は、豪雪による雪消えの遅れから始まり、低温、長雨、台風、高温等の異常気象ともいわれるほどの天候不良に見舞われ、作物の生育が遅れたり、作物の価格が下落したりするなど、生産者にとってはこれまでになく困難な状況であったと思います。しかし、全国的にも天候不良の影響を受けるなかで、当地域では生産者の努力により5億円という販売額を達成できたのだと農協関係者や市場関係者はみな口をそろえておっしゃっていました。

来賓の谷口藤美太田支所長は祝辞のなかで、地域住民の特色として、まじめな性格を挙げ、農業に対するひたむきな姿勢と努力が今回の成果に結びついたのだとお祝いの言葉を送りました。今回の祝賀会では、今日の太田の園芸発展に寄与したとして北川口集落の清水川輝雄さんと上斉内集落の小松久男さんに感謝状が贈られました。以前、広報担当として二人を取材していた谷口支所長は、現在行われている周年農業や枝豆栽培を先駆的に取り組んでいた当時を振り返り、米だけに頼らず、農業所得向上を目指し努力してきた姿が今の太田の農業の模範になっていると賛辞を送っていました。

感謝状を授与された、清水川輝雄さん(左)と小松久男さん(右)

 

また、今回出席した生産者の方に話をうかがうと、「若手就農者の頑張りにも注目している」という話も。県の農業試験場で行われているフロンティア育成研修や市の新規就農者研修施設で農業を学んだ若者たちが今、成果を上げています。特に、若手の就農者に人気の品目である花きは、30年度の販売実績の26%を占め、熱心に取り組んでいる若い就農者の姿を見た周りの農家や次の世代がとても刺激を受けているとのこと。長年の培ってきた技術と若手の勢いが合わさり、太田の農業にいいサイクルがうまれていることを感じているそうです。

生産者と消費者をつなぐ市場関係者からは、「太田の生産者は元気で勢いがある。どこの生産現場もなかなか活気が無いなかで、太田の元気と勢いをおばこ管内、秋田全域へと広めていき、地域を元気に盛り上げていってほしい」と熱い応援メッセージが送られていました。

現在の農業を取り巻く状況をみると、高齢化や担い手不足の問題が深刻化していますが、その一方で、農業に魅力を感じ、将来の可能性を見出している人も増えてきていると感じました。農業に希望を持ち、長年培った技術とひたむきな姿勢で取り組むことで、次の6億円、7億円という目標も達成できると思います。生産者のみなさんおめでとうございます。これからもみなさんのつくる作物を楽しみにしています!!

 

啓蟄(けいちつ)の風景

3月6日は啓蟄(けいちつ)です。啓蟄は旧暦の2月前半に当たり、二十四節気において3番目の春の節気です。啓蟄の「啓」は「ひらく」という意味を持ち、「蟄」は虫が冬ごもりのために土の下に隠れるという意味を持ちます。つまり、冬ごもりで隠れた虫やその他の動物が、太陽の高度が上がり、大地が温まりだして目覚め始める時期ということです。
今年は雪解けが早く、まさに暦どおりの「啓蟄」を感じさせます。

太田の啓蟄の風景を紹介します。
太田庁舎の東側の日当たりの良い場所、ここには毎年春一番のりと言わんばかりに「ふきのとう」が早い時期から芽吹きます。啓蟄の時期に合わせて小さな「ふきのとう」があちらこちらに顔をのぞかせていました。

さすがに虫は出てこないかもとじっと待つと、足の速いダンゴ虫と、日光をのんびりと浴びるクモが、土の穴から出てきました。残念ながらクモしかとれませんでしたが、啓蟄ですね(笑)

啓蟄について、少し調べてみると、啓蟄の時期に、「菰外し(こもはずし)」というものがあるそうです。立冬のころに、松の幹の中に巣くう害虫となるマツケムシ(マツカレハ)から松を守る対処法として、幹にワラを巻く「菰巻き(こもまき)」が行われます。そして、その菰を外して菰焼きを行う「菰外し」が啓蟄の期間に行われるという風習があるようです。
ワラの腹巻をしている松、私は毎日通勤途中でみています。こちらは市の文化財にも指定されている「四ツ橋の松」。これも啓蟄にちなんだ風景です。

普段旧暦を意識しない私たちも、季節を感じる時には、「大寒」「立春」など二十四節気を用いたりします。カレンダーを見て「3月6日か」と年度末を憂うより、季節を感じるヒントをもらった啓蟄の朝でした。

太田町民謡同好会 「元気なふるさと秋田づくり」顕彰事業表彰

2月25日(月)、仙北地域振興局で「元気なふるさと秋田づくり」顕彰事業表彰式が行われました。
「元気なふるさと秋田づくり」顕彰事業は、秋田県が地域づくり活動の活性化を図ることを目的とし、自立的・主体的な活動を行っている団体・個人を表彰する事業です。今年は7団体1個人が表彰を受け、そのうち太田地域では「太田町民謡同好会」が受賞されました。

太田地域からは今まで、24年度に「ちっちゃいもの倶楽部」、27年度に「小神成集落会」、28年度に「太田北小学校児童会」「太田一杯の味噌汁プロジェクト」、29年度に「おおた花の会」が表彰を受けています。
どの団体も、「太田地域のまちづくりと言えば、この方たち」という、地域を元気にする活動を頑張っている皆さんです。今年の受賞団体「太田町民謡同好会」は、昭和59年に太田地域の民謡を愛好する方々によって設立されました。毎年太田で開催される「秋田おはら節全国大会」では、第1回大会から実行委員として大会運営を支えてくださっています。大会当日にはおはら節の伴奏を務め、県内外から出場される方をおもてなしし、民謡を通じた地域の活性化を図っています。また、3年前からは「秋田おはら節講習会」を主催し、正しい民謡の継承に取り組んでいます。

さらに、特色ある活動として、9年前から大曲農業高等学校太田分校の生徒へ民謡指導をおこなっています。太田分校の特色ある学校づくりに全面的に協力し、総合学習の時間を使い月2回ペースで全10回、民謡や手踊りの指導を行っています。太田町民謡同好会の皆さんは、その授業時間に合わせ学校を訪問し、手踊り・唄・尺八・三味線・太鼓などパートごとに指導役を務め、若い世代への民謡継承にご尽力されています。その成果は毎年太田分校の全校民謡発表会で披露され、地域住民や保護者の皆さんに感動を与えています。
このような民謡を通じた地域の活性化をはかる活動が評価され、この度、栄えある受賞となりました

表彰式に参加した高橋利郎会長は「地元が元気でないといけないと思い、地元を大事にして活動しています」と地域への想いを語りました。また、活動の内容を説明し「地域での民謡の継承・普及をはかるためにも、公民館事業や地域子ども会などでも機会があれば民謡指導をしていきたいと思っています」と今後の活動への意欲をスピーチしてくださいました。

表彰式では、主催者あいさつとして草彅作博仙北地域振興局長が「皆さんの活動は、地域の方々が地域を愛する大事な取り組みで、地域のための貢献活動である。このような活動が地域のあちこちにあることで、これからの『せんぼく』を支えていく活動となりうる。皆さんの活動により、他地域からみてここは良い地域だと思われることにつながる」とお話がありました。
また、受賞された方のスピーチの中には、「楽しそうに活動している人が多いと、イベントに来た人も楽しい気持ちになり、楽しみはつながっていく」ということをお話しされた方がいました。また「大人がこの地域で楽しく頑張っている姿を見せることで子ども達はこの地域へ戻ってくるのではないか」と語った方もいます。
受賞団体の皆さんの言葉には、この地に対する愛着と活動を楽しむ姿が感じられました。地域を元気にするには、今暮らしているこの地で、自らが楽しむ姿勢が大事ではないかなと強く感じました。

太田町民謡同好会のほか、大仙市では「大曲商工会議所南部地区協議会(角間川・藤木)」「大仙自然保護の会(大曲)」「にしせん未来塾(西仙北)」が表彰を受けました。
仙北市や美郷町からも3団体1個人が表彰されています。大仙市とは違った発想や資源・地域特性を活かした活動発表がされ、刺激を受け参考になりました。
受賞された皆さん、おめでとうございます。これからの活動も期待しています!

手記集「私の昭和」を発行しました

平成も31年となり、「昭和」がだんだん遠くになってきました。
現在、市民の多くは昭和の戦後生まれですが、やがて昭和の記憶が風化されてしまうおそれがあります。
そこで太田支所では、昭和時代の暮らしや体験、地域の様子などを記録し、戦後の平和で豊かな地域づくりを多くの世代へ語り継いでいくため、平成29年秋に「私の昭和」をテーマにした手記を募集したところ、太田地域内外の31人の方がたから手記を寄せていただきました。
また、過去に広報「おおた」に連載した「鈴木町長が語る町の履歴書」と「明治の男女(ひと)」、そして「時代(とき)の証言」をあわせて太田の昭和の記録として再録し、手記集「私の昭和」(A4版・68ページ)を発行しました。

大正15年生まれの鈴木正吾さんからは、尋常高等小学校から大曲農学校にいたる学校時代から始まり、就職・入営、軍隊生活、終戦復員、そして復職、戦後の復興を400字詰原稿用紙30枚に達筆な字で半生を綴っていただきました。
小田野幸子さん(昭和6年生まれ)は、ピアノを支えに辛い生活を耐えてきたこと
学習院初等科の科長(校長)を務められた髙橋義雄さん(昭和9年生まれ)は、皇族の宮様がたとの交流などの思い出を
福岡功一さん(昭和17年生まれ)は、両親が農地開拓により入植して80年になり、苦労した開墾生活を
鈴木徹さん(昭和22年生まれ)は、身近にある石や棒、枝や紐などで全身を使う昭和30年代の子ども時代の遊びや、木の実、草の実を食べて腹の足しにした野山からのめぐみの思い出などを
髙橋清一郎さん(昭和27年生まれ)は、20代のころ「ギニア共和国の国土基本図を作る」という壮大なプロジェクトに携わった(のちにこの作業はNHKのプロジェクトXに取り上げられ、清一郎さんも登場した)ことを
鈴木弘之さん(昭和31年生まれ)は、昭和45年に太田中学校野球部が初めて全県大会に出場し、準決勝で敗れたが、太田中学校野球部の活躍で当時の太田は「金農旋風」のような現象が起きていたことを
鈴木和賀子さん(昭和38年生まれ)は、運動部の部活動は排球(はいきゅう)部、篭球(ろうきゅう)部などの漢字の名前だったことや高校受検は国語・数学・英語の3教科だったことなど中学時代の思い出を記してくれました。

また、「鈴木町長が語る町の履歴書」(広報「おおた」平成5年5月号から15回シリーズで連載)は、昭和26年4月に長信田村長、昭和30年5月には初代太田村長に就任し、平成7年4月に太田町長を退任するまで通算8期にわたって町勢発展のリーダー役を果たした鈴木孝治氏による終戦後の村づくり、昭和30年の町村合併、財政再建、豊かな農村をめざして村営改良事業や田沢疏水などの国営事業によって農業生産の基盤づくりに取り組んできたことや中学校統合など、まさに昭和の生き証人としての語りをまとめています。

「明治の男女(ひと)」(広報「おおた」平成4年4月号から20回シリーズで連載)は、明治、大正、昭和そして平成を懸命に生きてきた方がたのヒストリーです。

この手記集を読んだ方から、次のような感想が寄せられました。
『その時々を、時代の流れに翻弄されながら、あるいは確固たる自身の道を力強く歩みながら、ここ太田の地に自分を刻みこんできた方がたの貴重な記録である。ここにはまさに本物の「ふるさと」への想いが込められている。地元にあって、ひたすら我が所在での生活を守り続けてきた方がたの(あるいは来ている方がたの)「ふるさと」への思いの強さのすばらしさを改めて感じさせてくれた「私の昭和史」である。』

「私の昭和」は、大仙市内各図書館で閲覧できるほか、太田地域関係者には無料で差し上げています。
太田支所市民サービス課窓口で直接受け取るか、郵送を希望される方は250円相当の郵便切手を次まで送ってください。
〒019-1692(この番号だけで太田支所に着きます)
大仙市太田支所「私の昭和」係 まで

太田文化プラザミニ展示室 「つるし雛展」

「おひなさま」の好感度って永久不滅ですよね。華やかで可愛らしくて、そして子どもの成長を願う気持ちが感じられる、そんなところが老若男女に「おひなさま」が愛される理由じゃないかなと思います。

今、太田文化プラザのミニ展示室では「つるし雛展」が開催されています。娘を持つ母のひいき目でしょうか、ミニ展示シリーズ上、もっとも華やかな展示のような気がしています。

こちらは、「グループさんらび」の皆さんによる手作りです。「さんらび」は「3羽のうさぎ」の意味だそうで、メンバーは髙橋栄子さん(大神成)、金野保子さん(栗沢)、木元信子さん(斉内)の3人。3人とも太陽(Sun)のように明るく、うさぎのように優しく可愛らしい、まさに人柄そのものが「さんらび」のネーミングにピッタリです。

昨年3月にドンパルで「つるし雛展」が開催されましたが、展示を見た谷口支所長がその場で「是非とも太田で展示を」とお願いし、この度太田文化プラザでの展示が叶いました。

展示されている作品は、本を見てつくった全くの自己流と3人とも謙遜されますが、一針ひと針、心を込めた作品はどれも素晴らしく、一人でも多くの方にこの感動を知ってもらいたいなと感じます。
見た目の華やかさと可愛らしさももちろんですが、「つるし雛」の人形一つ一つに意味があることをご存知ですか?どれも健やかな子どもの成長を願うもので、愛に満ちたメッセージがあります。

これを知って観賞することで、より感動が深まりますよ。
例えば「俵ねずみ」…多産でマメな働き者になるように 俵は五穀豊穣の意味

「草履」…早く歩けますように 足が丈夫になりますように

 

この「つるし雛展」は3月いっぱい開催されます。ぜひご覧になってください。

太田の星☆スター軍団

スポーツで活躍する太田の若者紹介シリーズ「太田の星☆」の第3弾、今回は太田中学校の卒業生で、現高校3年生の「スター軍団」を紹介します。
現高校3年生の皆さんの中に、各高校でスポーツ部のキャプテンを務めた方が8人もいます。一学年(58人)から8人もキャプテンを輩出したら、「スター軍団」と呼んでも大げさではない気がします。
この「スター軍団」の皆さんにお話を聞きたい!という願いを、太田中学校の鈴木利浩教頭先生が叶えてくださいました。ありがとうございました。
鈴木教頭先生は、このスター軍団が卒業時に野球部の部長を務めていらっしゃいました。今回のスター軍団には野球部出身が5人、教え子たちとざっくばらんに語っていただきたいと思い、お集まりいただく日程調整から保護者の方への連絡、さらに当日のコーディネーターまでもお願いしてしまいました。

8人のスター軍団のメンバーは
◎大曲農業高校・ハンドボール部主将・髙貝笙也(しょうや)
◎大曲農業高校・野球部主将・佐々木睦月(むつき)
◎角館高校・バレー部主将・永山叶恵(かなえ)
◎秋田北高校・バレー部主将・煤賀愛純(あすみ)
◎角館高校・野球部主将・髙階陽希(はるき)
◎大曲農業高校・サッカー部主将・伊藤奨真(しょうま)
◎大曲工業高校・野球部主将・佐藤雅哉(まさや)
◎大曲高校・野球部主将・髙橋大翔(ひろと)

ざっくばらんにという思いはありましたが、緊張の面持ちの8人。久々に会えた友達同士、おしゃべりする間もなく支所の応接室に通されて、ざっくばらんに話せるわけはありませんよね。それでも、キャプテンを務めあげた責任感のある方たちなので、質問にはきちんと応えてくださいます。
8人顔を見合わせて、誰から話すか目くばせをしたり、挙手が重なると譲り合ったり、恥ずかしさと責任感の狭間に揺れるその行動一つ一つが、高校生と接する機会がない私にはとにかく新鮮でした。

鈴木教頭先生から最初の質問は「高校でキャプテンを務めた皆さんですが、大変だったことは?」
・いろんな中学から集まってくるので、一つにまとめるのが大変だった。
・意思の統一が大変、チームを一つにすることが大変だった。
・先輩の伝統をつないでいけるのか、先輩に近づくことを意識していた。

次の質問は「中学と高校の部活の違いって?」
・練習のキツさが違った。高校で部活動をすることの覚悟が足りなかった。
・高校の部活は自分だけでなく、周りへの指示が必要だった。
・中学ではやらされる感じで、言われたこと、教えられたことをやっていたが、高校では自分でどうしたらいいのか考えることが多かった。

「キャプテンをやってよかったことは?」
・目上の人、大人との会話やマナーについて知れた。
・人の意見を聞くことの大事さに気づいた。
・自分だけでなくチーム全体を見ることで、視野が広がった。
・人前で話すことが苦でなくなった。
・責任感が強くなった。

「チーム内で反発があった場合、どんな対応をした?」
・いつも反発を抑えようとせずに、反発意見を監督に伝えたこともある。
・自分から前向きに考えて、がんばろうと声かけをした。
・さぼり癖のある人がまとまらないように意識した。
・鬼ごっこなど、楽しめるメニューなどを考えて練習した。

キャプテンを自ら志願した方は8人中1人、指導者や先輩が話しあい指名されることが多いそうです。鈴木教頭先生は、「信頼されていた、認められていたことは素晴らしい。一つの中学校からこんなにたくさんのキャプテンが出たのは、30何年も先生をやっているが初めてだ」とお話しされました。

このスター軍団は、どのようにして生まれたのか、お話しの中で自分たちの小中時代を振り返り「小学校でも中学校でも真面目が当たり前の世界だった」という意見がありました。鈴木教頭先生も「んだな。この学年はまじめだった。やるのが当たり前と思ってやれる、そんな環境を作ったのは親だと思う」とお話しされます。スター軍団を育てた背景には、親の行き届いた教えがあったのだと思います。そしてもちろん鈴木教頭先生に磨いていただいたことも大きくあると思います。
このスター軍団は、駅伝の全国大会出場を果たした学年です。

当時のブログ記事はこちから→太田中学校走り抜きました!駅伝全国大会

駅伝部や陸上部のない太田中学校で、走ることに真摯に向き合い、自分のベストを尽くすことそしてタスキを繋ぐことを、全国レベルでできた学年です。話を聞く中で、やはり「真面目な世界」で「当たり前」と思って取り組む、その姿勢こそが信頼され認められる人材へと成長できたことにつながっているような気がします。いい環境、いい仲間に恵まれた皆さんだと強く感じます。

中学校でのエピソードを聞かれると「夏の大会前、先生が奥さんと一緒に50個ぐらい『ゆで卵』を差し入れしてくれたことを覚えている。あの『ゆで卵』は、大会に臨むスイッチだった」とお話しがありました。鈴木教頭先生は「嬉しいな。奥さんにも報告するがらな」と本当に嬉しそうでした。

「これからの意気込みを教えてください」
・野球や駅伝でお世話になった地元に恩返しがしたい。
・年の離れた人とも接するので礼儀に気をつけたい。
・仕事をやめないで、自分に厳しくやっていきたい。
・信念を持って、目標に向かっていきたい。
・親に感謝の想いを伝えたい。

一つのチームを引っ張り活躍してきた皆さんの言葉には力があります。努力し厳しく駆け抜けてきた皆さんでしょうが、功績もさることながら、信頼され認められた人柄がわかるお話が聞けて、大変貴重な時間となりました。新生活に向かって忙しい中、お集まりいただき本当にありがとうございました。

太田支所の谷口支所長からは「それぞれの新生活があると思うが、疲れた時には太田に戻ってきて息を吹き返してほしい」と激励がありました。
そうですよ、地元は皆さんの味方です!欲を言えば太田に戻って、この地域を盛り上げる存在になっていただければありがたいです♪スター軍団の皆さんは太田の誇りです、太田の星☆と思って応援しています!新生活でもガンバレ☆

開店15周年 太田のパン屋さん「ヴァンヴェール」

「ヴァンヴェール」は、県道11号線(通称角六線)沿いにあるパン屋さんです。今年1月に開店15周年をむかえました。オープン当時、幾度となく足を運び幾度となく完売だったことが思い出されます。太田に勤務となり購入チャンスが増えたように思いますが、思い焦がれる気持ちは今も昔も変わらず。開店時間直後に行かないと売り切れていることがしばしば、人気ぶりは健在です。15周年の節目に、人気のパン屋さんを取材してきました。

「ヴァンヴェール(倉田伸治店長)」では、体に安心な材料を使用して、生地はもちろんのこと、あんこやクリームなどの中身も一つ一つ丁寧に作っています。発酵促進剤や防腐剤を使用せず、自然な味わいとふわふわ感が特徴のパンです。また、地元の素材を使用していることも注目ポイント、取材時には、地元産のカボチャを使用した「日替わりパン」や、地元産のゴボウを使用したパンが「本日おすすめ」として並んでいました。

安心できる材料で作りたてが購入できるのが「ヴァンヴェール」の魅力。そして何よりも、一つ100円(税込)という価格もまた人気の秘密です。この価格は開店以来変えずにがんばっているそうです。いくら人気店と言えどもこの低価格で大丈夫かなと心配になりますが、倉田店長は「食べ物は回すものですから、皆さんに食べてもらうことが大事ですよ。この静かな時代にこの静かな場所に合う価格でやっています」と穏やかにお話しされます。ん~、パンもふかふかと柔らかくて優しい味ですが、作り手の優しさがうつっている!と感じ入ってしまいます。

取材中も、ひっきりなしに来客があります。

地元太田の方はもちろん、千畑の方、仕事の途中だという方などが次々と訪れます。どなたもリピーターのようで「今日は○○ありませんか?」と、お目当てのパンがあるようでした。何人で食べるのだろうと思うぐらいたくさん買っていきますが、気持ちはわかります。パンが並んでいる時間に来店できた幸運を思えば、たくさん買わないともったいない気がしてしまいますからね。
次々とくるお客さんを倉田店長が対応し、調理場では奥さんの伸子さんが焼けたパンを次々と仕上げていきます。 商品の説明はもちろんですが、とにかく接客も懇切丁寧なんです。店内で不自然にカメラを持つ私のことまでお客さんに説明してくださいます。しまいには、大仙市のホームページをみてくださいねと宣伝までしてくださいました。お客さんが要望したパンが陳列ケースになくても、調理場の伸子さんに声をかけると、すぐに出てきたりと夫婦ならではのタイミングでお店を切り盛りします。

倉田店長は毎朝3時に起きて10時の開店にむけて作業にかかるそうです。パンは平均で一日に200個ほど焼くとのこと、パンはもともと寒い地域の食べ物のため、寒い時期の方が少し多めに焼くそうです。人気は「あんぱん」や「クリームパン」、この地域には昔まんじゅう屋さんが8軒ほどあったようで、「甘い物」を受け入れる気質があるようです。スーパーができ自由に買い物はできるようになったが、手の込んだもの・質の良いものを食べたいという思いから、パン屋さんはやっていけるとお話しされます。パンはただの食糧ではなくて、「喜び」「楽しみ」だと語ってくださいました。
そもそも倉田店長がパン屋さんを始めたきっかけも、「パンが好きな物の一つだったから」だそうです。パン屋さんは、職人でもあり、農業者でもあり、芸術家の部分もあると語ります。それは倉田店長を見ていると妙に納得できます。今まで来店してもパンばかり見ていましたが、見渡すと店内の装飾には、アート性を感じるものばかり。

太田出身のジブリ絵職人・男鹿和雄さんと交友があり応援してもらっているとのことで、今年届いた年賀状も飾られていました。パン屋さんで男鹿和雄さんの絵を見られるとは、太田ならではですよね。
取材後気になって調べてみたら、店名「ヴァンヴェール」というのは、フランス語で「緑の風」という意味。自然派・手作りパン屋さん、お店そして倉田店長そのものの優しくて固定的でないスタイルをぴったり言い得ている店名だなと改めて感じました。

「ヴァンヴェール」のパンはもともと大好きですが、たくさんお話を聞く中で、「太田の宝」だなと感じました。15年間、美味しいパンをありがとうございます。太田地域に「喜び」「楽しみ」をもたらすパン屋さんとして、今後もよろしくお願いします。たくさんパンを食べてこれからも応援しますね!
ブログをご覧の皆さん、「喜び」「楽しみ」を求めてのご来店をお待ちしています♪

「ヴァンヴェール」情報

場所/大仙市太田町横沢字山道南81  電話/0187-88-2900
営業時間/10:00~16:00売り切れ次第終了 休日/土日祝日

太田の「家庭教育学級」

太田ではおなじみの「家庭教育学級」、私は太田出身ではないため実はなじみのない言葉でした。現在大仙市内を見渡しても教育委員会が主催となり開催されている「家庭教育学級」は、この太田の取り組みのみです。
「家庭教育学級」は、保護者が家庭教育の重要性を認識し、自らの役割や責任を自覚するよう、教育行政において保護者の家庭教育を支援するとともに学校や地域と連携して家庭教育を充実させる方策として、昭和39年頃から全国で開設が相次ぎました。太田では昭和39年に県内でもさきがけ的に「家庭教育学級」を開設、昭和50年には幼稚園児を持つ保護者を対象とした「家庭教育学級」が開設され、以来、家庭の教育力向上をめざし長きにわたり継続して事業が続けられています。

今年度は、おおたわんぱくランドの保育参観日に合わせて全3回講座が開催され、4月は幼児教育カウンセラーの坂本昌さんの子育て講話、7月に音楽教室の佐藤香純さんの「リトミック」、そして最終回の1月には、大森山動物園の園長小松守さんの子育て講話が行われました。
かねてより聞きたいと思っていた小松園長の講話、取材というより勉強のつもりで聞いてきました。小松園長の講話は「動物の子育てに教育の原点を探る」というものでした。

小松園長は、太田は自然が多く、農業が盛んで同居世帯が多い、スーパー・園・病院・老人ホーム・郵便局などが一カ所に集約されコンパクトにまとまっており、子育て環境としてとても良いと認めてくださいました。ご自身の息子さんと大台スキー場にも来ていたとお話しされ、とても親近感がわきます。
大学卒業後から大森山動物園に勤務され、動物園勤務は43年にも及ぶそうです。動物園は「文化資産」だと考えているとお話しされました。動物に言葉は伝わらなくても気持ちは伝わる、自分の気持ちを伝えることで動物と心が通った気持ちになる、心が通う体験が心を豊かにするということから、「動物と語らう森」とキャッチフレーズを掲げているそうです。自然や動物との関わりを大事にして欲しい、子どもの気持ちが育ってくると語ります。冬期間、大森山動物園は土日のみ開園、「冬の動物園」として営業しています。冬ならではの動物の様子が見られるそうです。

43年の動物園生活の中で、動物の子育てそして人の子育てにも関心を寄せてきたという小松園長、子育てとは①「いのち」をつなぐ営みであり、種を超えた普遍的なものである②親と子のつながりの中で行われる、自然がつくった巧妙な仕掛け(絆)である③子どもの「豊かなこころ」を育む教育の原点であると語りました。わかるような、ちょっと難しいようなと思って聞いていましたが、動物園での実際のエピソードを紹介されるとなるほどと納得。一つ目のエピソードは、小松園長が飼育員として勤務されていた時のこと、母親に育児放棄されたチンパンジーの赤ちゃん「しのぶちゃん」がいたそうです。母親に替わり飼育員が毎日時間を決めて抱っこをしながらミルクをあげ、さみしくないように人形をそばにおいたりと工夫をしながら育てていました。少し大きくなると、ミルクを飲んだ後も抱っこをせがむようになったそうですが、他の動物の飼育もあることからお世話が終わるとすぐに離れるしかなかったそうです。そうして体は大きくなった「しのぶちゃん」ですが、大きな音が苦手だったり、同じくらい年のチンパンジーにもおびえ仲良くできなかったりというのがあり、3歳になる前に亡くなってしまいました。小松園長は、「しのぶちゃん」の悲劇から「からだの栄養だけでは育たない。心の栄養も必要だ」ということに気づいたそうです。
そしてもう一つのエピソードも披露。育児放棄されて飼育員に育てられた虎のミドリ、ミドリが産んだ子「ラン」もまた育児放棄されました。母親に育てられた経験のないミドリは、子育てということを知らないため育児を放棄しました。小松園長は「ラン」もまた育児放棄をする母親にならないよう、動物園に住み着いたお腹の大きい野良犬・ノラに子育てをしてもらおう考えたそうです。ちょうどノラが赤ちゃんを産んだ次の日、「ラン」が産まれました。ノラは、自分の子と同じように虎の子「ラン」をなめてあげ、お乳を飲ませ、時には叱り3ヶ月ほど一緒にいたそうです。ノラが「ラン」にしたことは、一緒にいて「ふれあって」あげたことだけ、けんめいにふれあい育てることで母の愛を伝えました。そして、「ラン」は大きくなり自分も母親になりました。1度目2度目の出産時「ラン」は育児を放棄しましたが、3度目の出産時「ラン」は自分の子どもを育てたそうです。聞いた瞬間に、自らの子育てを振り返ってしまいました。まだ間に合うなら、できるだけ子どもにふれあって親である姿を見せなきゃと強く感じます。
小松園長が講話の中で繰り返し語ってくれた言葉に「絆」があります。親と子の絆は、「親の愛」と「子の求め」の両者でつくるものだそうです。「親の愛」を伝えていくことが「いのち」を伝えていくこと、動物の子育てのエピソードで、理論と現実が結びつき、ズシンと響きました。動物の子育てと人間の子育てはイコールではないけれど、動物の子育てで「いのち」をつないでいくためになくさないようにしている大事なことを、人間の子育てでも忘れてはいけないとお話されました。
最後は、保護者の皆さん・園の先生達にむけて、幼児教育の大事な時期で、今が大変な時期ですが楽しみの多い時期でもあります。子育てを楽しみながら頑張ってほしいと締めくくりました。

小松園長、貴重なお話をありがとうございました。
「家庭教育学級」に、まさしくふさわしい講話でした。
子育てにマニュアルはない、と小松園長もおしゃっています。だからこそ、このような機会があって、いろんな視点から子育てについて考えるきっかけがあれば、心が変わったり視点が変わったりする気がします。
そう言えば、今回気づきましたが、太田の保育参観はお父さん出席率が高い!子育てに対する意識の高さはもしかしたら、長く続く、太田の「家庭教育学級」の成果なのかもしれませんね♪

Music&Snow Live in 大台スキー場

美郷町在住のシンガーソングライター・栗林聡子さんが1月20日(日)大台スキー場のファミリーロッジでライブを行いました。このライブは大台スキー場の主催によるもので、ゲレンデで聡子さんの「君のとなりに」という曲がナイター終了を告げる曲として流されていることがきっかけとなり開催されたものです。
聡子さんは、4歳からピアノを始め、小学生の頃からすでに作詞作曲をしていたそうです。大曲高校3年生の時に大曲で開催されたNHKのど自慢大会で優勝し、チャンピオン大会にも出場、その経験をきっかけに本格的に音楽活動を始めました。仕事と子育ての傍ら、シンガーソングライターとして活動しています。キーボードを弾きながら、抜群の歌唱力で伸びやかに歌う姿が印象的です。太田では、2年前の夏まつりにもゲストとして出演してくださっています。

ライブ当日のお天気はあいにくの雨雪でしたが、ゲレンデはスキー教室や親子連れで大賑わい、スキー場には770名程の来場者があったそうです。午後2時半頃でもリフト乗り場にはまだ順番待ちの列ができていました。

聡子さんのライブは食堂もあるファミリーロッジで午後3時から始まりました。聡子さんはライブ前、10時頃から小学校3年生の娘さんとスキーを滑ったそうです。20何か年ぶりに第2コースまで行き、偶然にも雲が晴れて平野を見渡すことができてすごく気持ちよかったと語ります。お昼はロッジの食堂のメニューを食べたそうで、特別な場所で食べるとどれも美味しいと宣伝までしてくださいます。お話を交えながら、この日はオリジナル曲を3曲、カバー曲を3曲披露してくださいました。

1曲目にはセカンドアルバム収録曲の冬の歌「冬のカケラ」を披露、伸びやかな歌声で、たまたま休憩でロッジに入った方も虜にしていました。2曲目はカバー曲でレミオロメンの「粉雪」、スキー場ライブにぴったりな曲を選び、この日のために練習してきたそうです。3曲目はオリジナル曲でCD化されていない曲「このまま」、このライブに来たからこそ聞けた一曲です。4曲目はカバー曲で、スキー場と言えばこれでしょうと、広瀬香美の「ゲレンデがとけるほど恋したい」を披露。高音も気持ちよく伸びます。思わず自分の携帯で動画をとってしまいました。5曲目はオリジナル曲「君のとなりに」。この曲が昨シーズンから大台スキー場でナイター終了を告げる曲としてゲレンデに流れます。しっとりとしたバラードで、確かにゲレンデを離れがたい気持ちにぴったりな曲です。6曲目はカバー曲でglobeの「DEPARTURES」、スキー場でライブをすることが決まり、一番やりたいと思った曲だそうです。初めて披露する曲とおっしゃっていましたが、これもまたかっこよくそして伸びやかに歌い上げます。ママ世代の方々が揃って動画をとっているのが、妙に共感できました。

もっと聞きたいなと私も思っていましたが、やはりアンコールがあり、中島美嘉の「雪の華」をしっとり聞かせてくれました。40分程のライブでしたが、100人以上が聞き惚れた、午後のひとときとなりました。

ゲレンデをバックにスキー場にぴったりな歌を披露してくださった聡子さん、ありがとうございました。
歌手として、歌唱力が素晴らしいことはもちろんですが、このライブにぴったりな選曲をして向かってくださった姿勢、母としての一面など、人として素敵なところが知れて改めてファンになりました。
ぜひまた太田でのライブをお願いしますね☆ありがとうございました。

子育て世代の味方「ほほえみルーム」

太田地域内唯一の医療機関である太田診療所の中に「太田病児・病後児保育園」があります。「ほほえみルーム」と愛称がつけられていますが、この季節は特に子育て世代の心強い味方となっています。
病児・病後児保育園は、病気中や病気の回復期のために登園・登校できない園児・児童を、医療機関に付設した専用スペースで一時的に預かり保育してくれるありがたいところです。この事業は市の子育て支援事業の一つで、太田の「ほほえみルーム」のほかに、大曲(現在は休止中、2月から開設予定)と刈和野にあります。「ほほえみルーム」の昨年度一年間の利用は119日、利用者数は延べ164人にもなっています。太田のみならず、中仙・仙北・大曲・千畑・六郷など広い範囲の方々が利用しています。

インフルエンザの流行を耳にするようになり、「ほほえみルーム」が大活躍かも知れないと、様子を覗いてみました。
1月16日の利用は3人。5歳の女の子と10ヶ月の男の子と6ヶ月の男の子、いずれもインフルエンザA型の子たちが利用していました。利用者の人数や保育の必要度合いから判断し、この日は保育士さんが二人体制で子ども達のお世話をしていました。 お二人とも市内の保育園でお勤めされていた保育のエキスパートです。体調が悪い子ども達ですから、機嫌が良いわけありません。お腹が空いても、眠くても、体調がイマイチでも泣くしかない赤ちゃん達も、「ほほえみルーム」の先生達の手にかかれば、数分で要求を満たしてもらえます。ミルクを飲んでも抱っこされても泣いていた子が、気がつけば頬に涙を伝わせて、ニコニコと遊びだしていました。

5歳の女の子は、前も来たことがあるとお話ししてくれました。先生とかるたで遊んでいましたが、「ほほえみルーム」の遊びで一番好きなのはお人形さんの「ぽぽちゃん」で遊ぶことだそうです。赤ちゃん達のお世話で先生たちが忙しい間も、自分でおトイレを済ませ好きな遊びを楽しんでいます。安心できる空間だからこそ、体調が悪くても穏やかに過ごせるのだと思います。
この「ほほえみルーム」での子ども達の過ごし方は、先生方が手作りした一人ひとりの連絡帳に事細かく記入されます。連絡帳の表紙の絵は全て違い、どの絵にも想いがこもっているそうです。一日の過ごし方を、ミルクの量や時間、入眠・目覚め・排尿の時間、そして遊びの種類まで細かく書いてくださいます。また、太田診療所の看護師さんが定期的に症状を見に来てくれることも安心です。
保護者の方にとってどんなに心強く安心な場所か、利用者にリピーターが多いことにも信頼度が表れています。
いろんな症状の子ども達に囲まれる先生方、先生に倒れられたら大変だなと思わず心配になります。「体調管理は予防注射とマスク着用で充分に気を付けているから大丈夫。仕事で大変なことはない、ずっとやってきた仕事だから。体調の悪い子たちに何かあることが一番心配!」こんな優しい先生達が待っていますよ、子どもの看病で困っている子育て世代の皆さん、安心してご利用ください。

子育て世代の心強い味方「ほほえみルーム」の利用対象は生後2ヶ月経過後から小学校6年生までの園児・児童です。病気のため普段通っている園や学校で集団生活ができず、家庭で看護できない場合に利用できます。利用料金は、一人当たり1日1,000円(市外の方は2,000円)、事前に医療機関で受診し、症状がわかってから利用申し込みをしてください。利用できるのは、月~金曜日までが8時から18時、土曜日は8時から13時までです。定員に限りがありますので、利用可能か事前のご連絡をお忘れなく。利用申し込みは太田診療所(大仙市太田町横沢字窪関南505-1・電話0187-88-2233)まで。

太田の火まつり準備着々!

来月2月2日(土)奥羽山荘西側広場で「第38回太田の火まつり」が開催されます。この「火まつり」は太田地域の小正月行事の伝承を目的として毎年開催されているものです。

火まつりのメインイベントの一つに紙風船上げがありますが、現在、太田地域内で紙風船作りが行われています。太田支所でも1月17日に紙風船を作成しました。今年は、大仙市地域おこし協力隊の狩野さん、小川さん、伊藤さん、インターンシップで大仙市に来ている大学生の阿久津さんが駆けつけてくれました。紙風船には毎年様々なイラストを描いていますが、今年は、大仙市のキャラクター「まるびちゃん」と協力隊のみなさんが考えたオリジナルイラストです。

イラストは初めに原画を紙風船用紙に縁取り、その後着色をしていきます。

原画の縁取りでは和気あいあいとした雰囲気でしたが、いざ着色となるとみな真剣になり、黙々と作業していました。

イラストの着色がおわると、用紙を切り貼りし、風船の形を作っていきます。

総勢12名で、1日がかりで仕上げることができました。慣れない作業に苦労した部分もありましたが、こうしたイベントを通じて人と人との交流が生まれ、次世代へと受け継いでいくことで、地域のつながりを強くいつまでも続けていけるのだと感じました。

地域おこし協力隊の小川さん、狩野さん、伊藤さん

紙風船は太田地域の各集落で作られるほか、認定こども園や小学校で作られ、当日は約30基が冬の夜空へと舞い上がります。火まつりでは紙風船上げのほか、雪中田植え、東今泉八幡太鼓、天筆焼き等太田の小正月行事を堪能できます。

協力隊のみなさんの力作披露は当日のお楽しみです。ぜひ会場にいらしてご覧ください!

早春を告げる「ひろっこ」

新しい年が始まりました。今年も地域の話題を伝えるためがんばっていきます。どうぞ、よろしくお願いします。

新しい年の1回目の投稿は、早春を告げる太田産の「ひろっこ」を紹介します。

太田町斉内の門脇一男さんは、30年以上「ひろっこ」栽培に取り組んでいます。
取材に伺いたいと電話すると一男さんは「地味だど~。インスタ映えしないぞ~」と念を押します(笑)
ご心配いただきましたが、ブログでは「良い写真」を紹介したいのではなくて、「太田の良いところ」を紹介したいので、充分映えましたよ♪

「ひろっこ」は「アサツキ」の若芽です。にんにくやネギなどは食べるとヒリっとすることから、古語で「蒜(ひる)」と言われたそうです。そして、秋田県の方言では、小さくてかわいいものの語尾に「こ」をつけることがあるので、「ひるっこ」→「ひろっこ」となったのではないかと言われています。
私の中で「ひろっこ」は、春を告げる野菜、そしてちょっと値が張る高級野菜というイメージがあります。一男さんの「ひろっこ」は、今シーズンは12月10日が初出荷で、3月いっぱい出荷されるそうです。県内では湯沢が有名な産地ですが、一男さんの「ひろっこ」は他地域より早く出荷を開始しています。他地域では畑の土の中から「ひろっこ」を掘り起こしますが、一男さんの「ひろっこ」はもみがらの発酵熱を利用した栽培方法をとっているため、一足早い出荷が可能です。雪が降る直前から、夏に種を蒔いておいた箱(水稲の育苗箱のような感じの箱です)を、畑から掘り起こしてきます。その箱をビニールハウス内に移し、1メートルほど敷き詰めたもみがらの上に並べます。水と肥料をかけ、ハウス内で一週間ほど加温すると芽が出るそうです。それを毎日出荷できるように、3月まで繰り返します。

このもみがらの発酵熱で、「ひろっこ」に春になったと思わせているとのこと。ビニールハウス一面の1メートルの厚さのもみがらは、およそ田んぼ30町歩分、近所の農家さんからいただいてこれだけの量を集めているそうです。

加温に電熱を使用したことがあるそうですが、もみがら加温の発芽力には敵わなく、この方法を続けているそうです。もみがらからは、発酵の熱だけでなく発芽に必要な酵素や二酸化炭素などさまざまなプラスの要因が発せられているのだろうと一男さんは分析しています。さらに、このもみがらは再利用され、お盆過ぎに箱に種を蒔きますが、種を蒔いた箱を畑に並べる時にもみがらをたっぷりかけるそうです。すると草が生えず、たい肥にもなり、除草剤と肥料の削減になるとのこと、エコな資材でさらにリサイクルとは驚きです。

発芽した「ひろっこ」は洗い場で箱ごとザブザブするうちに、土が洗い流されて姿を現してきます。

こちらを今度はベテランお母さんたちのところに運び、根っこを切り落としてもらいます。

この風景も30年来ずっと変わりません。ちなみに1993年2月の「広報おおた」の表紙にもなりましたが、その時の表紙はこちら。

変わらない風景ですね。あえて違いを探すとしたら、足を長めての作業になったことぐらいですかね。「前の時だば、オラなまだ生まれてなかった~(笑)」などと冗談を言いながら和気あいあいと作業を続けます。根っこを切り落とした「ひろっこ」はこの後、もう一度水洗いをしてパック詰めとなるそうです。
この手間のかかる行程を知り、少し値が張っても今度からはどんどん「ひろっこ」を食べようと思ったところです。

一男さんの「ひろっこ」の出荷先は、県内と県外(東京・名古屋・石川金沢)の市場出荷となっています。地元では、タカヤナギ系列のお店で「門脇さん家のひろっこ」として販売されています。ぜひ手に取ってご賞味ください。一男さんから、「子どもには、オムレツにいれると簡単で良く食べるよ」とおススメしてもらいました。ついつい大人のための「ひろっこ」料理にしがちですが、子どもにも地域の伝統野菜を食べさせたいですよね。いいアドバイスをもらいました。
「ひろっこ」は春になったと思ってそのおいしい姿を現す、私たちはそれを口にして春になったと感じる。太田産の「ひろっこ」を食べて、皆さんもいち早く春を感じてみてはいかがでしょうか。

おせワンになりました

平成30年、戌年が終わろうとしています。ブログをいつもみてくださっている皆さん、今年も大変おせワン、いえ、大変お世話になりました。「ブログみてるよ」という言葉に励まされ、平成30年も太田支所一丸となって情報発信に努めてきました。イベント・風景・人・一コマを伝えたいと、チームワークよく頑張ってきました。
太田支所の今年最後のブログは、戌年のラストを飾る意味で、太田地域の秋田犬を紹介します。

大仙市で秋田犬といえば、平昌冬季五輪の女子フィギュアスケート金メダリスト・ロシアのザキトワ選手に贈られた「マサル」が注目を浴びました。太田地域の秋田犬も負けていません。ここ太田にはモデルとして活躍している秋田犬がいるんです。
駒場の加藤友弘さんが育てている秋田犬は全部で6頭、子犬が3頭と成犬が3頭。なんと、その中に秋田県やJR東日本の観光モデルを務めたことのあるワンちゃんがいます。
今回、2017年の夏にモデル撮影した時の写真をお借りすることができました。
赤毛の2ショット、左側が3歳雌の「紅宝姫(べにほうめ)」ちゃん、右側が2歳雄の「紅晃輝(くれないこうき)」くんです。奥羽山荘向かいにあるドッグランで撮影された写真です。

こちらは紅晃輝くんのアップ。

イケメンですね。紅晃輝くんは秋田犬保存会の本部展「幼犬の部(6か月~9か月)」で6位に入賞したことのあるワンちゃんです。
この2枚の写真は、秋田県で作った手さげ紙袋(特別な方におみやげ品を渡すときに使用しているそうです)に表裏でプリントされています。

そして、虎毛の3歳雌の「菊虎姫(きくとらひめ)」ちゃんは、JR東日本の2017年秋田県ガイドブック夏・秋号の表紙になっています。「秋田だ!」というタイトルのガイドブックにお顔のアップで表紙を飾っています。

3頭とも愛くるしい♪まるでアイドルですね。
由緒正しい生まれでしょうが、大事に育てられていることが感じられます。
私の勝手な思い込みで、モデルになるような秋田犬は大館近隣のワンちゃんと決めつけていました。
加藤さんによると、秋田犬保存会から県内の各支部に連絡があり、ワンちゃんを連れて撮影に行ける方がモデルとして協力しているそうです。
体も大きく力も強そうだし、こんなに手入れよく、撮影にも応じられる穏やかなワンちゃんに育て上げるには苦労もあるだろうと予想しますが、加藤さんは「そんなに大変なことはない。秋田犬は育てやすいよ」とさらりと言います。秋田犬は、よく忠誠心の強いワンちゃんとして紹介されますが、それはきっと愛情たっぷりに育てる飼い主がいてこそだと思います。加藤さんとワンちゃんの姿からも、関係性って大事だなと改めて考えさせられました。

秋田犬の人気を太田からも後押していると思うと、嬉しいですよね。干支は間もなく戌から亥へと変わりますが、秋田犬への注目度はますます高くしていこうと思いました。
加藤さん、取材協力ありがとうございました。
皆さん、来年もワンダフルな年になりますように。よいお年をお迎えください。

冬至には太田産のかぼちゃを

今年の冬至は12月22日です。
冬至には、かぼちゃを食べて、ゆず湯に入る風習があります。
かぼちゃは、ビタミンAやカロチンが豊富なので、風邪予防に効果的です。本来、夏が旬のかぼちゃですが、長期保存がきき保存することで甘みや栄養分が増すため、冬に栄養を摂る食材としては、もってこいです。

また、冬至というのは1年で最も日が短いことから、太陽が生まれ変わる日と考えられ、運が上昇してくる日とされています。そして、冬至には「ん」のつくものを食べると「運」が呼び込めるといわれています。それを『運盛り(うんもり)』というそうですが、『運盛り』の中でも『冬至の七種(とうじのななくさ)』と呼ばれるものがあり、なんきん(かぼちゃ)、れんこん、にんじん、ぎんなん、きんかん、かんてん、うんどん(うどん)の七種。これらは、二つも「ん」がつくことから、たくさんの「運」が呼び込めると言われています。

かぼちゃ=南瓜(なんきん)を食べることの意義をことさら深く感じ、せっかくなら地物で「栄養」と「運」を取り込みたい!と、野菜直売所であるアンテナショップを訪れてみました。このアンテナショップはJA秋田おばこ太田地区野菜直売部会が運営しています。
冬至直前のためか、かぼちゃのコーナーまでありますが、その多種多様ぶりにびっくりです。私が知っているかぼちゃとは違う!軽いカルチャーショックでした。

店員さんに「これ全部かぼちゃですよね」と確認してしまいました。それから「ほこほこしているのはどれですか?」と聞くと白いタイプをおススメされました。「ほくほく」ではなく、我が家は「ほこほこ」しているのが好きなんです。店員さんによると、かぼちゃもいろいろ種類が出てきて、売り手の方でさえもまだ食べたことがない種類があるようです。核家族や高齢世帯に合うように、食べきり・切りやすさなどから、小さいサイズのものが増えているそうです。

私は、白いかぼちゃとラグビーボールのようなかぼちゃを二つ購入してみました。後で調べたところ、白いかぼちゃは「伯爵南瓜(はくしゃくかぼちゃ)」、ラグビーボールは「ロロンかぼちゃ」という種類でした。
レジに向かうと、またもやびっくり、購入したかぼちゃは直径12~13㎝ほどでしたが、どちらも100円台なんです。地物であることで品質が安心なうえ、価格もまた安心。この安全安心な太田産かぼちゃは、太田町横沢にある農業振興情報センター内のアンテナショップで購入できます。皆さんも冬至に太田産のかぼちゃを、ぜひお試しください。

アンテナショップの詳細についてはこちらから→https://sanchoku55.com/akita/sanchoku/465/