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戊辰戦争と太田

今年は戊辰戦争から150年、そして明治元年から150年です。
太田地域の戊辰戦争にまつわる逸話を3つ紹介します。

その1「国見が原の戦い」
1868年(慶應4)1月3日に京都の鳥羽、伏見において始まった戊辰戦争は、やがて東北にも波及し、旧暦7月(現在の8月中旬)には秋田藩もこの戦火に巻き込まれ、秋田藩の3分の2が戦場となりました。
大仙市でも旧暦8月13日から9月18日(現在の9月28日から11月2日)までの1か月余りにわたり、角間川、花館、南楢岡、刈和野、峰吉川、福部羅、小種、境、国見地区で大激戦となりました。
岩瀬河原戦、生保内口戦と並んで「角館三大戦」の一つ「国見が原の戦い」として語り継がれる激しい戦闘が、太田地域の国見地区でありました。
この時戦死した角館軍監の竹村庫之丞(くらのじょう)の死を悼む供養碑が、県道角館六郷線沿いの桜バス停付近にあります。庫之丞は角館生まれの秋田藩士であり、角館軍の偵察役として戊辰戦争に参加。戦中、味方に危急を知らせようと国見を走っていた途中、敵兵に取り囲まれて腹部を撃たれ、37才の若さで命を落としました。深い傷を負いながらも敵兵に大刀を振るい、勇ましい最期を遂げたことが語り伝えられています。庫之丞の武功を嘆賞した村人が戦死した地に桜を植え、その武勇を後世に伝えようと供養碑を建てたそうです。
この地は現在「戊辰戦争の史跡(竹村庫之丞戦死の地)」として大仙市指定文化財となっています。
庫之丞の命日は旧暦8月23日、現在の10月8日にあたります。
供養碑には、今も地域の人たちによって花が途切れることなく手向けられています。

その2 「横沢村初代村長・倉田亦五郎」
のちに横沢村初代村長となった倉田亦五郎(またごろう)は戊辰戦争のとき17才。
太田町百年誌には「亦五郎は敵軍に内通したという誤解を受けたが、間違いであったことがわかり一命を救われた。戦禍を逃れるために東山に隠れ、40日間食事に事欠く生活をし、疲労困憊の末帰宅したが、一時『賊軍』とみなされたことから六尺桶数本の酒は飲み尽くされ、全く目もあてられぬ状態であったために、家運の再建には一方ならぬ苦心をしたという」とあります。
この写真は、戊辰戦争から50数年後の大正10年ごろの亦五郎家族です。前列中央にどっしりと構えているのが亦五郎、亦五郎の後に立っているのが養子の政嗣です。
倉田家は豪農で造り酒屋を営み、屋敷は3反歩(約3,000㎡)もあり、広々とした庭に囲まれた立派で大きな家だったそうで、この写真からも裕福な倉田家をかい間見ることができますが、戊辰戦争の大きな被害を受けていました。

その3 「秋田県民歌3番の歌詞」
「秀麗無比なる鳥海山よ~」で始まる秋田県民歌は、亦五郎の養子の倉田政嗣の作詞によるもの。今年は昭和5年10月30日の県民歌制定から88年となります。
戦前戦中の学校では、校歌とともに行事のたびに歌われていた県民歌は、軍国主義をあおる内容が含まれているとみなされ、終戦後、いつしか教育の場から消し去られました。
歌詞3番に「錦旗(きんき)を護(まも)りし戊辰の栄(は)えは 矢留の城頭 花とぞ薫る」とあり、戊辰戦争の際、明治新政府側に秋田藩が錦の御旗(みはた・官軍の旗)を掲げて戦ったことは栄えあることだと表しています。戊辰戦争のとき、秋田県内すべての地域が新政府側(官軍)だったわけではなく、一部の地域は旧幕府側(賊軍)でした。
こうしたこともあり、教育の場や公式の場では歌われなくなりました。
戊辰戦争から100年後の昭和43年、明治100年を記念して作られた「大いなる秋田」の第3楽章「躍進」に秋田県民歌が組み入れられました。「大いなる秋田」初演当時は、軍国主義の復活との批判をおそれ、歌のない演奏のみだったそうですが、やがて演奏とともに県民歌が「大いなる秋田」の中で歌われるようになりました。
戦前世代の県民歌復活の願いと、県民歌は戦争とは関係ない名歌であることが奇跡の復活につながったのです。

 

ちょうど150年前、そしてちょうど今の時期(旧暦の8月から9月)、戊辰戦争で東北の村々が戦場となっていました。
この「ちょうど」の節目にあたるこの時だからこそ、私たちの地域がこれまでどんな歴史をたどってきたのか、想いを馳せることもよいのでは。
秋の夜長に、町史や百年誌をひもといてみると、新たな発見があるかもしれませんよ。

オリンピックメダリスト・ワイナイナさんが太田にやって来た

10月6日(土曜日)太田地域で奥羽太田ロードレース大会が、奥羽山荘駐車場を発着とする日本陸上競技連盟公認の特設コースで、市内外から約150人の選手が参加し開催されました。
今回は第20回の記念大会で、ケニア出身のエリック・ワイナイナさんをゲストランナーに迎えました。
ワイナイナさんはオリンピック3大会連続出場されたマラソンランナーです。アトランタオリンピック(1996年)銅メダル、シドニーオリンピック(2000年)銀メダルと2大会連続の偉業を達成、アテネオリンピック(2004年)でも7位入賞を果たしています。マラソンの自己最高記録は2時間8分43秒。

好物はどんぶり物というくらい日本の生活に溶け込み、子どもたちと一緒に写真撮影に応ずるなど、気さくで笑顔がはじける心優しいランナーでした。レース前には準備体操や、足のけり、腕の振りなど早く走るコツなどを選手に伝授。その後、子どもたちと一緒に走ってくれました。
秋晴れのこの日は、ぐんぐん気温があがり、5キロ、10キロがスタートするころは30度を超える夏のような暑さになりましたが、日本陸連公認コースを走る選手は、順位に加えて自己タイムを更新するとばかりに一生懸命走っていました。

レース終了後は、FMはなびのエグゼティブプロデューサーの福原尚虎さんが司会し、 ワイナイナさんのトークショーが開かれました。
ワイナイナさんは「子ども時代はサッカーに夢中になり、走ることにはあまり興味がなかったが、走りが早いことを見ていた先生に進められて6キロのロードレースに初めて出場したら、いきなり優勝し、自分は早いんだということがわかった。子ども時代を過ごした地域は電気も水道もなく、片道5キロを走って井戸へ水を汲みに行き、10リットルのバケツの水を両手に持ち帰った。勉強は好きで、でも電気が無かったので夜勉強することができないために、学校で一生懸命勉強した」ことなどが話されました。
ワイナイナさんは、ときどき正月恒例の箱根駅伝でおなじみの日本の大学の留学生に間違われるそうですが、高校卒業後の1993年、19才のときに一人で日本に来てコニカミノルタ陸上競技部に所属し、翌年の北海道マラソンでいきなり初マラソン初優勝を飾り、その後も東京国際マラソン、長野マラソンなどさまざまなマラソン大会で優勝し、オリンピック2大会連続メダリストとなり、現在も100キロマラソン大会などに選手として出場しているそうです。日本に来て最初に指導を受けた監督は、秋田県出身の方だったそうです。
赤道直下のケニア共和国は、とても暑い国だろうと思っていたら、ワイナイナさんが育った地域は標高2,400メートルを超える高地で、真夏でも気温は28度程度と涼しく、また高地のために気圧が低く、現在は世界各国のマラソン選手などが高地トレーニングに訪れるそうです。
生まれながらの環境と井戸へ水を汲みに行った子ども時代の経験、そしてワイナイナさんが好きな言葉である「Never give up(決してあきらめない)」という強い気持ちが、ワイナイナさんをマラソンランナーとして強くしたようです。
「食べ物はどんなことに気をつけていますか」という中学生の質問に「選手はドーピング検査があるために、風邪をひいても薬を飲んだり、また簡単に湿布を貼ったり薬を塗ったりできない。目薬でもドーピングにひっかかるため、常に体調を維持し、ケガをしない丈夫な体を作るためには、食事が非常に重要。好き嫌いなくどんな物も食べています」との答え。また「好きなくだものは何ですか」という質問には「バナナです。バナナは栄養が豊富で、レースの前には必ず食べます」とのこと。
日本に来たときは、全く日本語を話せなかったそうですが、独学で日本語を学び、いまは流暢に日本語を話します。東京での生活が25年となり、日本が第二の故郷となったそうです。
「子どもたちにメッセージを」というお願いに「やればできる。やらなければ何にもできない。ネバーギブアップ、決してあきらめないという気持ちで、いろんなことに挑戦して欲しい」と話してくれました。

収穫!ありさこまち

6月のブログで太田の農業女子として紹介した小松有沙(ありさ)さんの稲刈り作業にお邪魔してきました。

6月太田の農業女子☆ありさの記事はこちらから

 

18町歩の作付をしている有沙さんの稲刈りは1か月以上続きます。18町歩という広大な作付面積ですから、刈取りに時間がかかるうえに、刈取り後の籾の乾燥も自宅の乾燥機2台をフル活動させて行うため、刈取り量と乾燥量とを調整する必要があり、作業日程の調整も必要です。さらにお天気との調整もあるので、長丁場は避けられません。農業は、体力と忍耐のいるお仕事だとつくづく感じます。
10月10日、今にも雨が落ちてきそうな天気でしたが、「春作業の取材時と同じところを刈るよ~」という連絡があり、秋作業もパチリしたい!と意気込んでお邪魔してきました。
天気がイマイチなのが残念でしたが、曇天でも有沙さんは爽やか。稲わらのチカチカ防止のマスクがうらめしいですが・・・。

この日も、父娘がチームワークよく作業を進めていました。コンバインの操作が難しい田んぼの端の方はお父さんが刈取り、有沙さんは機械の刈り残しを鎌で刈っていきます。

その後、コンバインの操作を交替。機械を操作する時の真剣な表情としぐさは、いつもはキュートな有沙さんのかっこいい部分がでます。

黄金色の稲穂と農業女子と大台スキー場。太田のいいところが並んだショットです。

有沙さんが育て収穫した「ありさこまち」、春に商標登録の申請中とのことでしたが、まだ認定許可はおりないとのこと。残念がる私と対照的に、有沙さんは「時間かかるから、そんなもんでしょ」と冷静です。慣れた様子の有沙さんに、経験値の差を見せられた気がしました(笑)

農業という仕事には、天気を待ったり、作物の生育状況を待ったり、時には各種申請許可を待ったりと忍耐が必要なことを感じます。これも収穫の喜びを際立たせる要素になっているのかもしれません。
有沙さんによると、今年はあまり収量は多くないとのこと。そして、平野部より山際の方が収量が多かったそうです。

ほ場から刈り取られた「ありさこまち」は、これから有沙さん宅の乾燥機で乾燥調整し、籾すり作業をした後、色彩選別機でカメムシ被害米などを取り除き、品質の良い状態で計量・袋詰めをして出荷準備を整えます。「ありさこまち」は、生産者の顔が見える、安心安全そして高品質なお米と言えますね。
「ありさこまち」は、予約販売制です。太田の農業女子を応援したい方、お米にこだわりのある方は、ぜひインターネットで「ありさこまち」と検索してみてください♪

太田流おもてなし

10月8日(月)、太田秋田ライオンズクラブの皆さんが、川口渓谷遊歩道の草刈り作業を行ってくださいました。これは、ライオンズクラブの皆さんが地域に貢献するような活動をしたいということで実施されたものです。
川口渓谷はこれから紅葉の季節を迎え、たくさんの方が訪れることが期待されます。10月19日(金)には、太田支所主催の「川口渓谷紅葉トレッキング~オブ山の大杉編~」が実施されることから、遊歩道をより歩きやすく美しくしたいというおもてなしの心で、この活動を実施してくださいました。
この日活動に参加してくださったのは11人、ライオンズクラブの皆さんですから、メンバーは社長さんや税理士さん、それに信用金庫の支店長さん、郵便局の局長さんなど、普段は草刈りとは無縁そうな方々ばかり。草刈機や大きな鎌を持参し、2時間ほど汗を流しながら作業をしてくださいました。

普段の仕事とはかけ離れた作業にもかかわらず、草刈機の使い方も慣れたものです。遊歩道の路肩の雑草や、歩道にせり出した藪を、歩行に支障がないように刈り取っていきます。
太田流のおもてなしの心意気を見たような気がしました。

同行して写真を撮りながら、ライオンズクラブの皆さんの太田への愛着を強く感じました。太田地域でそれぞれの分野でリーダーとして活躍される皆さんが、「この地域のために」という共通の想いで汗を流してくださったことは、大変ありがたいことと感じました。
リーダーが率先して行動することは、その組織の活性化につながると思います。今回参加された皆さんの活動も、それぞれの職場や組織できっとよい刺激になるのではと期待しています。そして、地域全体が「この地域のために」と盛り上がっていければ、なおさらいいですね。
参加された皆さん、「おもてなし」精神あふれる活動をありがとうございました。皆さんのおかげで、ますます川口渓谷のおススメ度がアップしました。
今度はぜひ、草刈機を持たずにゆっくりと川口渓谷の散策をお楽しみくださいね♪

秋晴れの空の下 子ども達の活動を紹介します!

10月3日、台風一過の秋晴れのこの日、太田では、秋ならではの子どもたちの活動が目白押しでした。その様子をお伝えします。

まずは、「スポーツの秋」にちなんだ活動から。
太田東小学校(菅原潔校長・児童数115名)のマラソン大会にお邪魔しました。菅原校長先生は「今年度の学校行事は全て晴れ、お天気に恵まれています。今日は学校生活の『あいうえお』の中の『う』運動をします。皆さんにお願いです。『にげない』今日はこれを約束してください」と挨拶がありました。

全校児童から「はい!」という元気な返答があり、なんだかそれだけで感動の予感がします。地域の方や保護者の方も応援に駆け付けていました。
走る距離は、1・2年生は1㎞、3・4年生は1.2㎞、5・6年生は1.5㎞です。疾走順は3年生から始まり4年→1年→2年→5年→6年の順番でした。次のレースの学年はフィールド内で待機しますが、それ以外の学年はコース脇で声援をおくります。

走るのも声援をおくるのも、全力!お天気さながらスカッとするようなマラソン大会でした。特に4年生のレースでは、最終ランナーがグラウンドに戻ってくると、走り終わった同級生たちが駆け寄り伴走する姿も。
校長先生の挨拶の「にげない」ことを有言実行したランナーと、それをサポートした仲間に感動を受けました。

 

次に「秋のフィールドワーク」の様子をお伝えします。
太田地域の奥羽山荘や秋田奥羽グラウンド・ゴルフ場の手前にある体験施設「モリボの里」は「おでかけの秋」にぴったりの場所です。ふれあい動物舎やビオトープ、散策路などがあり、園児の遠足や小学生のフィールドワークに人気のスポットです。
お天気に恵まれたこの日は、四ツ屋保育園の年長さん・年中さん・年少さん、中仙小学校1年生の皆さんが訪れていました。モリボの里の管理人さんは「春もたくさんの人が来てくれたけど、これからが一番いい季節。木の実などもたくさんあり、散策もめいっぱい楽しめる。ここには、市内の西部南外からだって来てくれる。動物園よりも近い位置で牛や馬にも触れ合える。昔は家庭にいた動物でも、今の子ども達は犬や猫しか知らないから、ここで違う命を知ってもらうことは、すごく良い情操教育だと思っている」と話してくれました。拾ったドングリを見せてくれた子や、ウサギを触ったよと教えてくれた子、どの子も満足そうな笑顔、人気の理由も納得でした。

ちなみに、四ツ屋保育園の皆さんにはウサギが一番人気、中仙小学校の1年生にはクジャクが一番人気でした。

 

最後に「食欲の秋」にちなんだ活動の様子を紹介します。
太田南小学校(下田亮校長・児童数115名)の「なべっこ」にお邪魔しました。ここで生まれ育った私たちは「なべっこ遠足」に慣れ親しんでおり、秋と言えば「なべっこ」というのはごくごく普通ですが、なんと「なべっこ遠足」があるのは秋田県だけらしいです。道具や材料を持ち寄って、みんなで鍋料理を作る学校行事は、秋田県にしかないと聞きました。グループに分かれて、メニュー決めや持ち物の分担、当日の役割分担など、高学年が低学年のお世話をしながら行う「なべっこ」、こんなに教育的な行事ができる秋田県って、学力テストの結果よりも自慢できる気がします(笑)
太田生まれの、ジブリの絵職人・男鹿和雄さんの著書「秋田、遊びの風景(徳間書店)」にも、なべっこ遠足について文と絵が掲載されています(P64~66)。私の頃も男鹿さんの頃も、「なべっこ」は川原でというのがスタンダードでしたが、南小学校ではグラウンドで行われていました。薪を使って、真っ黒になった鍋もなんだか懐かしく思いました。

グラウンドにグループごとの輪が広がり、食欲をそそるおいしい匂いが広がります。豚汁のグループといものこ汁のグループがありましたが、どのグループでもネギはもちろん、南小学校で2年がかりで育てた「横沢曲がりネギ」です。緑の濃さと匂いがお鍋の中で存在をアピールしていました。

あるグループでは、味見の担当さんが「おいしい!」と太鼓判を押して完成、「大成功?」と聞くと「はい!」と満面の笑みで答えてくれました。おいしいのは、見るだけでわかります。ほおばる表情と、おかわりの回数が全てを物語っていました。

「子どもは地域の宝」とよく言われます。子ども達がいつも宝物のように輝けるように、大人はいろんな活動をサポートしていきたいですね。
秋ならでは子ども達の活動に、それぞれの活動の意義を感じ、かえって教えられた気がします。
刺激を受けた私は、今度の3連休は運動してみるかな?動物園もいいな、外でなべっこも楽しいかもと、思いを巡らせています。
皆さんも子ども達の活動をヒントに、秋らしい過ごし方を楽しんでみてください。

最盛期!!「大曲の花火ダリア」 (おおたはなだより№20)

みなさんは「大曲の花火ダリア」というダリアをご存知ですか?「大曲の花火ダリア」とはJA秋田おばこが2016年にブランド化したダリアの総称です。全国的に知名度の高い「大曲の花火(全国花火競技大会)」をダリアのブランド名として取り入れ、近年、全国に出荷されています。

「大曲の花火ダリア」は、JA秋田おばこと市の花火師が色や形など花火をイメージしたダリアの新品種の中から、投票を行い選定するものです。現在、第1期生から第3期生のダリア(計8種類)があり、今年も第4期生が誕生する予定です。
「大曲の花火ダリア」の栽培を最初に始めたのは、JA秋田おばこの前ダリア部会長で太田地域にお住いの高橋孝夫さん、高橋明美さん、伊藤和子さんの3人。7年前からダリア栽培に取り組んでおり、様々なダリアを栽培しています。現在、JA秋田おばこ管内で約50戸の農家がダリアを栽培していますが、太田地域ではその約2割にあたる10戸の農家がダリアを栽培しています。
今回は、太田地域で栽培されている「大曲の花火ダリア」をいくつか紹介します。

 

1) 和火(わび) (高橋孝夫さん)

花火のなかで、燃焼温度が低い黒色火薬系のもので、赤橙色の花火を「和火」と呼び、この花の色と形が「和火」を連想させます。

 

2) 紫銀乱(むらさきぎんらん) (農事組合法人アグリフォー 高橋明美さん)

紫色の花火の最後に銀色に先が乱れる変化をする「紫銀乱」という花火のイメージから名づけられたダリアです。

紫銀乱のつぼみ。花火が咲く直前の火種のようです。

 

3) 橙炎(とうえん) (大仙市東部新規就農者研修施設 井上侑さん)

鮮やかなオレンジ色と、花弁のゆらめきが「炎」をイメージさせることから、この名前が付けられました。

 

4) 花紫音(はなしおん) (大仙市東部新規就農者研修施設 井上侑さん)

濃い紫色が、色と共に鮮やかに夕空を彩る紫色の昼花火をイメージさせることから、この名前が付けられました。

花の茎が連続して咲く直前の花火の光跡のように見えます。

 

太田地域では現在、ダリア収穫の最盛期を迎えており、花き農家や大仙市東部新規就農者研修施設などで収穫作業が行われています。生産者の方と話をしていると、花それぞれの性格が異なり、育成には苦労すると話されていましたが、その顔は花のようににこやかでした。花を生産する方々はみな心やさしい人たちで、そんな人たちに育てられた花だからこそ大きく美しく咲いているのだなぁと感じました。

大曲の花火ダリア栽培の第一人者、高橋孝夫さん。

大仙市東部新規就農者研修施設で花き栽培を学ぶ井上侑さん。来年からは実家で花き栽培を行う予定。

 

現在、大仙市の本庁舎の入り口に「大曲の花火ダリア」が飾られています。太田で生産されたダリアもあるかもしれません。来庁された際は、ぜひご覧ください。

秋のおススメ「川口渓谷」

スポーツの秋、「スポーツ」までとは言わないけれど、適度に体を動かしたいという方に、川口渓谷遊歩道のウォーキングをおススメします。
川口渓谷へは奥羽山荘の奥に続く砂利道を進みます。奥羽山荘から約1.6㎞、車で約5分進むと遊歩道の入り口に到着、車の進入はここまでです。

ここから一番奥の川口鉱山跡までゆるやかな上りの遊歩道が5.75㎞続きます。

徒歩で片道1時間半ほどかかる道中には、トイレつきの休憩所もあり安心ですし、滝がいくつもあるほか、川口鉱山慰霊碑があったりと見どころも満載です。

これからの季節は紅葉で木々が色づく中、彩りを満喫しながらウォーキングを楽しむことができます。

川口渓谷は、同じく太田地域にある真木渓谷と比べて、女性的な優しさがあると言われます。荒々しい真木渓谷と比較し、四季折々の彩りと数多くの滝の流れが女性的な優しさを連想させること、そして、青鹿(カモシカ)の親子愛をせつなく悲しく伝える「川口山伝説」の存在もまた、川口渓谷の優しさを連想させます。
「川口山伝説」とは、弓の名手に獲物として狙われた青鹿の親子の伝説です。矢を放たれ傷を負った母鹿の傷口を、温泉の湧く沢で子鹿が頬ずりするように洗っていたのをみて、弓矢の武士は以来殺生を禁ずる覚悟を決めました。そのとき、向かい山の崖にいた猿の一群が弓矢の武士の姿を見て驚きの声を上げ、その声に驚いた青鹿の親子は一目散に逃げ出し、母鹿は子鹿が南の沢に逃げ延びるのを見届けたあとに、自らはおとりとなるように北の沢に姿を消しました。現在、子鹿が逃げた南の沢の奥の山を「鹿ノ子山」といい、母鹿が逃げた北の沢の奥の山を「青シカ山」と呼んでいます。そんな伝説を感じながら、ウォーキングするのもまた文化的で健康的な気がします。
また、民謡「秋田おはら節」の全国大会は、ここ太田で開催されていますが、この「秋田おはら節」の歌詞に「野越え山越え深山越え あの山越えれば紅葉山 紅葉の下には鹿がおる 鹿がホロホロ泣いておる 鹿さん鹿さん何故泣くの」とあります。太田が「おはら節」の発祥の地ではないようですが、「川口山伝説」とリンクする歌詞にもご縁を感じてしまいます。

参考までに、9月28日午前中に訪れた時には、遊歩道入り口付近では気温19.1℃、一番奥の川口鉱山跡では15.4℃。これだけ気温が違うので、やはり里とは紅葉の時期が違います。今年は10月中旬頃には紅葉の見ごろを迎えそうです。その頃を狙って、ぜひ川口渓谷へいらしてください。

稲穂の実る時季(とき)黄金色に輝く瞬間(とき)

「今年の夏は暑かった… 本当に暑かったですね」とは、太田分校レストラン(9月号)の案内チラシの冒頭ですが、そんな酷暑を乗り越え、季節は実りの時季となりました。太田地域では、夏の風景から秋の風景に移ろいでいます。

ブログでは、5月から6月にかけて水田の様子【5/18水田を眺めて】や、田植えの様子【6/1太田分校田植え協議会,6/4農業女子☆ありさ】をお伝えしましたが、その稲がすくすくと成長し、稲刈り直前の秋の見頃を迎えています。

所々にまだ若干の青さがみられますが、秋の日差しに輝く稲穂はまさに「黄金色」。地域を回り気づいたことは、曇りの日でも穏やかな黄色に見えますが、晴れの日は見る方向(日差しの角度)により、同じ稲穂でも明らかに輝きに違いがみられるということでした。

5月18日の水田のブログ記事では、昭和30年~40年代に田の区画整備が行われたことを紹介しましたが、現在、太田地域では再び区画整備が行われています。

これは、1区画を1町歩まで広げ、農地の集約と生産性の向上を目指したものですが、仙北平野に位置する太田地域では、そのおかげもあってか、稲穂がどこまでも続く「黄金色の絨毯」を見ることができ、その風景は以前にも増して壮大で感動的です。

写真には収めることができませんでしたが、夕方、黄金色の絨毯の上に無数のとんぼが飛び交い、その羽が夕日に反射してキラキラと輝く幻想的な風景に出会うこともできました。まだまだ感動的な風景があるかもしれません。今週末の連休は天気も回復し、行楽日和。ぜひドライブ等で太田の秋の風景を見にいらしてください。

秋、見つけた!

朝晩の冷え込み、台風の訪れ、お天気に秋を感じるようになりましたね。
見渡せば、稲穂も黄金色に。「秋、見つけた!」を太田からお伝えします。

収穫の秋。刈取りを待つ稲穂。猛暑の夏を乗り切った今年の作柄が気になりますね。

実りの秋。野生のあけびを三本扇で見つけました。支所内ではあけびを初めてみた職員も。種ごと果肉を口に含み種だけを吹き飛ばして食べたこと、ほろ苦い皮の食べ方など、残念ながら話が盛り上がるのは40代まででした(笑)最近では、料亭などで高級食材として提供される傾向もあるようです。

秋の味覚、栗。栗ごはんや渋皮煮もいいですね~。

秋の花、コスモス。咲き始めました。コスモスは市の花です。こちらは太田公民館前でパチリとしたものです。群生する様もきれいですよね。次々と咲くのが楽しみです。

読書の秋。太田図書館では、「秋の夜空を楽しむ本」コーナーを設けています。秋の夜長に読書もいいですね。

夏の疲れが体や心に出ている方も、連休中に、のんびりと自分の好きな「秋」を探してみてはいかがでしょうか。

夏色グリーンのその後と晩生枝豆

7月下旬に太田地域の夏色を紹介しましたが、それから早一ヶ月。9月に入り、真夏の痛いくらいの暑さも和らぎ、夏色グリーンも移ろいでいます。

 

手前から、大豆・蕎麦・稲穂、そして大台スキー場

大豆の緑色が濃いのは相変わらずですが、そばの白い花が咲き、稲も実を付け、黄金色になってきました。写真手前から奥へ、夏から秋へと色合いの変化が季節とシンクロしています。

そんな夏のおわりが感じられる9月上旬、太田地域では晩生枝豆の収穫作業が行われていました。
この日訪れたのは、太田町国見の小松正信さんの枝豆畑。枝豆の収穫作業は手作業もしくは手押し型の機械による収穫が一般的ですが、小松さんは今年からトラクターを使い収穫作業を行っています。

トラクターに取り付けられた枝豆収穫機

収穫機はアタッチメント方式でトラクターに取り付けができるので、普段の農作業で使い慣れたトラクターで作業ができ、今まで一往復していた畝を片道のみで収穫できたり、莢(さや)の取り残しを減らすことができたりと、作業効率が大幅に上がったそうです。

枝豆の収穫作業。早い!!

枝豆と言えば、夏休みにスイカやとうもろこしと共に食卓に並ぶイメージがありますが、秋田県一の枝豆の産地である太田地域では7月中旬から10月上旬までの長い期間で、早生~晩生の約30品種の枝豆が出荷されています。
今回の取材時に収穫していた枝豆は、秋田県のオリジナル品種「あきたさやか」という枝豆で、晩生の中でも早い時期に収穫される種類の枝豆でした。一口に枝豆と言っても品種は様々。もっともよく知られている「湯上り娘」やあきたさやかと同じ県のオリジナル品種で甘みが強く、莢の大きい「あきたほのか」等が太田で栽培されています。
「あきたさやか」は現在出荷されており、「あきたほのか」はこれらから出荷されていくそうです。まだまだこれからも太田の枝豆を食べることができますので、枝豆の味や種類を比べながら、夏のおわりの枝豆を楽しんでみてはいかがでしょうか。

太田地域の佐藤春雄さん、テレビ出演!!

8月20日、太田地域にお住まいの佐藤春雄さんにあるテレビ番組の出演依頼がありました。そのテレビ番組とは、AAB秋田朝日放送の「ぷあぷあ金星」。5月30日にこちらのブログで紹介した太田地域の「おにょ様」を取りあげていただいた番組です。 【5/30「おにょ様」のブログ記事】

前回の企画は、地域に祀られている道祖神(おにょ様)を取りあげたもので、おにょ様が祀られている神社を管理している佐藤春雄さんが、おにょ様の歴史を知る方として出演しました。春雄さんのとてもまじめで気さくな人柄がテレビ局のハートを射止め、今回、再び番組に出演してほしいと依頼がきたものです。8月27日に太田地域にある中里温泉で収録があり、太田支所もその収録に立ち会わせていただくことができましたのでその様子を紹介します。

今回の企画は、番組レギュラーのバリトン伊藤さん、シャバ駄馬男さんとともに東北地方を中心に活動されている若手シンガーソングライターのティーナ・カリーナさん(注:日本人です)が県内各地を訪ね、昭和歌謡を歌う、というものでした。前回の番組収録で北島三郎さんの「山」を歌った春雄さん。今回も「山」を熱唱されました。

春雄さんの熱唱に刺激を受けたティーナ・カリーナさんも、お返しにと有名な昭和歌謡を熱く歌いあげました。

最後にカリーナさんのサイン入りポスターを春雄さんにお渡しし、収録は終了。

春雄さんは、収録の中で、「歌を歌うことは趣味の一つとしてペアーレの講座に通いはじめたことがきっかけだったが、今では生きがいとなっている。自分の好きなことでこういう風に声をかけてもらえるのは本当にありがたい」と話していました。また、「歌を通じて若い人たちとふれ合うことで刺激をもらったので、まだまだ長生きすることができる」と言っていただけました。

今回の収録に立ち会い感じたことは、「自分にとって生きがいを持つことの大切さ」でした。歌に限らず、様々なことに挑戦することで、人との出会いがあり、新しい発見や気づきがあるものだと感じました。春雄さんは今年85歳になったそうですが、とても若々しく活き活きとしていました。

ちなみに、ぎりぎり昭和生まれである私ですが、今回の立ち会いの予習として家にあった昭和歌謡のCDを聴いてみました。今流行りの歌も良いですが、昭和歌謡にも良い歌がたくさんあることを発見しました。

それでは、また逢う日まで、、、(^^

 

※ なお、今回企画・収録されたものは、下記の日程で放送予定です。ぜひご覧ください!
番組名:ぷあぷあ金星(AAB秋田朝日放送)
放送予定日:平成30年9月7日(金)、14日(金)24:15~
(春雄さん出演は14日の予定)

※ ティーナ・カリーナさん
2012年にメジャーデビュー。大阪出身ながら、東日本大震災後まもない時期に仙台に活動拠点を移し、昭和歌謡を数多く歌う。誰もが口ずさめる音楽、家族や同志との多くの思い出が積もった名曲、昭和歌謡を歌うことで様々な地域や世代をつなぐ。日本人の心を結び付けて来た名曲たちをいまの時代に再現し、また新たな時代に伝承するため彼女は歌い続けています。
(※ 一部、パンフレットから引用しました)

※ 今回、太田に訪れたティーナ・カリーナさんの公演が秋田であります。昭和歌謡を堪能できます。中里温泉にポスター、パンフレットがありますのでご覧ください。(太田支所には置いてありませんのでご注意ください)
ティーナ・カリーナ「ひとり昭和歌謡祭」
日 時 : 平成30年9月22日(土)
場 所 : 秋田市文化会館 小ホール

太田分校70周年記念写真展

金足農業高等学校の甲子園での大活躍で、県内は大いに盛り上がりました。金農の皆さん、本当に感動をありがとう!こんなにワクワクして清々しくて感動的な夏をありがとうございます!秋田県民の記憶と歴史に残る夏になりましたね。
そして、金農の活躍で農業高校が注目される中、太田でも大曲農業高等学校太田分校に再注目です。
太田分校は今年創立70周年の記念の年です。太田文化プラザのミニ展示室では、「大農太田分校70周年記念~写真で振り返る70年、そして今…~」を開催しています。

太田分校は昭和23年秋田県立大曲農業高等学校定時制課程横沢分校として開校しました。その後、昭和50年に定時制課程が廃止され、全日制課程太田分校となりました。昭和50年代、太田分校の活躍は目覚ましく、昭和55年に自転車部が全県高校総体で初優勝し、以来総合5連覇の偉業を達成しています。さらに東北大会を制覇し全国大会でも5年連続優勝という栄光を残しました。昭和60年には、文化部の活躍もあり、高写連写真展で団体優勝、全国高校総合文化祭発表会に郷土芸能部と写真部が県代表として出場しています。そんな中、昭和60年11月校舎が全焼するという大事件が起きました。校舎全焼を機に太田分校の廃止がささやかれる中、当時の太田町では「太田の学校、絶対になくしてはならない」と学校再建のために仮校舎として体育館を提供し、授業で必要な備品等の助成などを行いました。町から義援金が贈られたほか、卒業生らが先頭にたち寄付を集め、町ぐるみで一日も早い太田分校の再建を願いました。そして1年後には、木の香がただよう立派な現校舎が再建され、太田地域みんなで喜びました。

写真展より 「桜咲く頃の旧校舎」

写真展より 「新校舎落成式での郷土芸能部の演舞」

 

時節柄、太田分校の野球部の活躍についてもピックアップします。
昭和49年、当時はまだ定時制課程で軟式野球部の頃ですが、全国高校定時制野球大会秋田県大会で、太田分校野球部は見事優勝を果たしました。決勝では前年度優勝の金足農校チームと対戦、延長12回で見事勝利をつかみ、軟式野球の甲子園ともいえる全国大会出場を成し遂げています。平成13年には硬式野球部が創立、平成25年には秋田県農水産高校大会で準優勝を果たしています。今年は部員不足から雄勝高校と矢島高校と3校合同チームを結成したことでも話題となりました。

写真展より 「7月 甲子園予選」

 

文化プラザのミニ展示室での写真展には、昭和30年代・40年代のスポーツや授業の様子を伝える白黒写真、現分校生の田植えや運動会、グラウンドゴルフ大会や全校民謡発表会などのカラー写真が並んでいます。太田分校の今昔が感じられる写真展です。ミニ展示室という小さなスペースでの写真展では、少しもったいない気もしますが・・・。太田分校を支えてきた地元太田の皆さんにこそ見ていただきたいと思います。

開校以来、太田分校の存在そして活動は、太田地域に活力を与えてくれています。
興奮冷めやらぬ金農ナインの活躍、地元の高校に進んだ郷土を愛する球児たちが、秋田県民の応援を一身に受け郷土から愛された夏。同じ年に70周年の節目を迎える太田分校もまた、郷土から愛される学校です。太田分校の応援にも熱を入れたいですね!

 

太田キッズ学びぃ 初のフィールドワーク

8月もお盆を過ぎ、巷の子どもたちにとっては、夏休みも残りわずかとなりました。
宿題や課題に励む傍ら、長期休みを利用して家族や友達とレジャーを楽しんだり、スポ少やクラブ活動に汗を流したり、貴重な夏を満喫していることと思います。

この夏、心に残る思い出はできましたか?

さて、少し時は遡りますが、7月25日からの3日間、太田文化プラザで「太田キッズ学びぃ」が開催され、夏休みに入ったばかりの地域の小学生が、ボランティアの先生たちの指導のもと、元気に自学自習へと取り組む姿がありました。

例年、地元小学生の自学自習の場所として開催しているこの「学びぃ」ですが、この夏は活動の場所を外にも広げ、初のフィールドワーク体験学習を実施しました。
実施したのは日程最終日となる27日(金)の午後。
参加した19人が、自分たちの住んでいる「太田地域の一番」を探して、川口渓谷にある「オブ山の大杉」に会いに行きました。

オブ山の大杉は、真木真昼県立自然公園内の川口渓谷にある、幹回り12.4m、樹高34m、樹齢1200年以上とされる巨大な天然杉です。
その幹の太さは秋田県一(東北で三位)とされ、林野庁の「森の巨人たち100選」にも選ばれており、太田地域が誇る貴重な自然資源の一つです。

今回参加する子どもたちは皆、オブ山の大杉とは初対面。
中には山に行くのが初めてという人もおり、期待に胸を膨らませながら、オブ山の大杉を目指して元気に夏の山道を進む皆さんに、私も同行してきました。

午後1時、川口渓谷遊歩道のゲート前に集合した皆さん。
ここからおよそ1時間かけて、目的地へ向かいます。
ガイドの倉田陽一さんは、午前中のまなびぃでもスタッフとして勉強を教えてくれた先生の一人です。

オリエンテーションをした後、男子の班、女子の班に分かれいよいよ出発します!

この日の天気は快晴。

午後の強い日差しの中、遊歩道を進むことおよそ15分、オブ山の大杉へと続くルートの入り口の看板が見えてきました。
看板の案内にそって遊歩道を外れ、坂を下ると、目の前に沢が表れます。

オブ山へ行くにはこの沢を越えなければなりません。

好天が続いていたことから、沢の水位は浅め。
子どもたちが沢を渡りやすいように、ガイドの倉田さんと随行の公民館スタッフが先に沢に入り、大きめの石を寄せ集めて足場を作ります。
さらに、スタッフ2名が両岸から沢にぴんと張ったロープをかけ、子どもたちの沢渡りをサポートします。

子どもたちはロープにつかまり、転ばないように足場を捉えながら、慎重に沢を渡ります。
何事もなく、無事に全員が沢を渡り終えました。

オブ山への入り口は、茂みを分け入った少し急な坂道から始まります。
これまでと違う光景に、沢渡りという関門を終えたばかりの子どもたちから、「えっ!ここを登るの!?」という声も。

そう、ここからが本番です。
大杉がある、標高450メートル地点まで、いざ出発。急な坂を四つん這いになって登ったり、大きな倒木や突き出た木の枝を飛び越えたりくぐったりしながら、くねくねとしたつづら折りの道を進んでいきます。

最初は声を上げていたみなさんでしたが、道を進むにつれ歩くのに慣れてきた様子。
通行を妨げている倒木も、怯まず乗り越えていきます。 普段あまり見ることのない山の中の光景に興味津々の子どもたち。
さあ、目的地はもう少しです。

 

登り始めてから約30分、やっと会えました。
これが、オブ山の大杉です!

取り巻く周辺の木々もなかなかの大きさですが、それをはるかに上回る幹の太さ、途中から2本に分かれた異形の幹が、他の木にはない存在感を放っています。

子どもたちは始めて見るオブ山の大杉に近づき、上を見上げたり、優しく幹にさわったり。
最後は参加した19名全員が木の周りで手をつなぎ、ぐるっと一周。
樹齢1200年の風格を体感していました。少し休憩した後、元来た道を引き返して下山します。
下りは、登りの時よりペースが速くなりがちなため、随行スタッフが列の間に入り、歩調を保ちながら進みます。

そうしてしばらく下山していると、大人の手のひらサイズもある巨大なカエルと遭遇しました!
女の子たちは声をあげ距離を置きますが、男の子たちは興味津々の様子。カエルには少し迷惑だったことでしょうが、少しだけふれあいを楽しんだ人もいました。
こうした出会いがあるのも自然界ならではの醍醐味です。

無事に下山したあとは、先ほどの沢を渡り、3時50分ころに再び遊歩道のゲート前に到着。川口渓谷を後にしました。

終わってみて、子どもたちに感想を聞いてみると
「山を登ったのは初めて。山を登る人はこんな道を通っているんだと知った。途中、急な坂や狭い道で大変だったけれど、探検みたいで楽しかった。」
「(オブ山の大杉について)話で聞いたことはあるけれど、実際に見たらおもしろい形の木だった。木の根元に大きな穴が開いていて、何か動物の棲家みたいだった。」
中には、「あんなに大きなカエル、始めて見た...」と、オブ山の大杉と出会えた感動を巨大ガエルに持って行かれた人もいるようですが、いずれにせよこれらの体験は子どもたちにとって、ひと夏の貴重な思い出となったに違いありません。

自分たちの住んでいる「太田地域の一番」を探すフィールドワーク。
大杉の大きさが一番、カエルの大きさが一番、この探検の楽しさが一番と感じた人もいたかもしれません!

参加されたみなさんは、夏しかできないこの貴重な体験を夏の武勇伝の一つにしてもらえたらと思います。

 

わらび座・鈴木裕樹さん 成人式で講演(公演)

8月15日、大曲市民会館を会場に新成人599名が出席し大仙市成人式が開催されました。

記念アトラクションとして今年は、劇団わらび座の舞台俳優である太田地域出身の鈴木裕樹さんの「成人おめでとうステージ」が行われました。

裕樹さんの持ち時間は30分、ちょっとした歌やお芝居をするのかなと思っていたところ、ステージには演台とマイクがセットされ、あれ?公演ではなくお話しをする講演でした。裕樹さんの講演要旨を紹介します。

みなさん、成人おめでとう。
成人したからと言って自分の内面はそんなに変わらないし、成人だという自覚もあまりないと思う。でも、自分の経験からして、親は自分の子どもが成人したことに何か特別なものを感じていると思う。
私は今36歳、6歳になる娘がいる。仕事をしながら子どもを育てるというのは大変だと感じている。子どもは朝起きて寝るまで遊ぶことばかり考えている。娘にお父さん遊ぼうと言われて、子どもと一緒に遊びたい気持ちと、子どもについていけない体力との葛藤は大変なものがある。
娘が3歳の誕生日の日、ちょっと目を離したすきにアパート2階の階段から転げ落ちて救急で診てもらった。幸い娘は大事には至らなかったが、その病院の帰りに右手で娘を抱き、左手で娘の誕生祝いのピザを持ち、今度は自分が階段でつまずいてしまった。両方の手がふさがっていたために娘をかばうことが出来ず、娘が大量の鼻血を流しているのを見て、自分の不注意で娘にけがをさせてしまい、オレは何をやっているんだ、自分をぶっ殺してやりたいと思った。幸運なことに娘の顔に傷跡は残らなかったが、このような親と子のたくさんのエピソードが積み重なって今がある。これまで育ててくれた親に感謝のことばを伝えたら、素敵なことだと思う。

今年6月に大阪公演があり、ホテルで朝食の最中に大きな地震があった。
小学校のプールのコンクリート壁が地震で倒壊し、女の子が犠牲になった日である。
私は大きな揺れを感じてすぐに避難したが、中国人観光客は避難することなく大声で日常会話を続けていて、あ然とした。彼らは何をおおげさに、ビビり過ぎだなどと思ったかもしれないが、東日本大震災を経験した私は、わずか数時間で日常のすべてが無くなることを忘れないようにしている。
結婚して子どもが生まれ、守っていかなければならない家族を持ち、家族を守るためには自分の命を守らなければならないことに気がついた。大変なことが起きた時、自分の命を守るためにはどう行動するかを考えるようになった。自分なら大丈夫とか、逃げないのは男らしいとかといった考えは間違い。自分の命を守るため、家族を守るためには、カッコ悪いなどと思っていては責任が取れない。

私は先生になるために秋田大学に入ったが、入学後は勉強が面白くなく、目標が持てずにバイト、飲み会、麻雀などに明け暮れた結果留年が決まり、大学をやめると親に伝えた。
このとき私は、自分がやりたいことしか続けられない、いいかげんな人間だと分かった。
みんなは、まず教員免許を取って、それからやりたいことをやればいいと言うだろうが、私はそれができなかった。まわりの人たちができていることが、私にはできない。
親にはたいへんな思いをさせた。
それなら自分には何なら続けられるか、ずっと仕事としてやっていけるかを考えたとき、小さなころから歌うことが好きで、また目立ちたがり屋であったことを思い出し、人の前に立ってお芝居をすることなら続けられる、そしてそれが仕事になるならという希望が持てたので、わらび座に飛び込んだ。歌えない、踊れない、芝居もできない、全くの素人であったが、わらび座養成所での生活は充実していた。
そして28歳のときに「アトム」の主役トキオ役を演じた。これは手塚治虫のアトムを下地にしたミュージカルで、アトムは出てこないがアトムの心を持ったロボットが、親友のロボットを人間に殺され、その復讐のために人間を殺そうとするみんな(ロボット)を引き留める役であった。広島で終演後にロビーでお客さんをお見送りしたとき、年配の男性からくしゃくしゃにしたアンケート用紙を渡された。それには、自分にとって大事な人を殺されたやるせなさや悲しい思いはこんなもんじゃない、といったようなことが書かれていた。このとき私は、大事な人を奪われた人の想いを全く理解できていなかった、自分の仕事が観る人に届いていなかったと気づいた。

私の仕事は、観る人に、前を向いて歩きだそうというインパクトを与えることだと思っている。いま私は、自分の仕事にやりがいと責任と誇りを持って日々、舞台に立っている。
自分にとってのターニングポイントは、24歳で大学を辞めたときだったと思う。
自分の人生、リセットはできないがリスタート(再出発)は何度でもできる。
いま私は36歳、必死になって舞台に立っている。

3年前に私は「どどぉ~ん!大曲花火物語」で創造花火の発案者である佐藤勲さん役を、ミュージカル「為三さん!」では主役の成田為三役を演じた。佐藤勲さんは1987年にドイツで創造花火を上げた。当時は西ドイツと東ドイツとの国境は「ベルリンの壁」で仕切られていたが、その時に「ベルリンの空には壁がない」とスピーチしたと言われている。花火は必ずしも丸くなくていい、四角でも三角でもいいじゃないか、という佐藤勲さんの発想から創造花火が生まれた。大曲の花火を押し上げた素晴らしい人である。成田為三は、秋田の田舎から東京に出て、さらにはドイツに留学し、日本を代表する作曲家となった、これまた素晴らしい人である。秋田で生まれても、秋田にいても、このような素晴らしい仕事をした人たちがいる。
私は自分が生まれ育った秋田が大好きで、秋田で好きな仕事をしている。
新成人のみなさん、できれば秋田で結婚し、秋田で子どもを育て、秋田で生きていって欲しい。私の願いである。

ステージ終了後、裕樹さんの楽屋へ伺うと「いや~きょうのステージは大変でした。お芝居の方がよっぽど気が楽です(笑)」との感想。講演の最後には、「どどぉ~ん!大曲花火物語」と「為三さん!」の挿入歌を歌う場面もありましたが、新成人への講話ということでとても気を張ったようでした。

講話では、どのエピソードも新成人へのメッセージが強いものでしたので、記憶の限りお伝えしようと努力しました(笑)
地元で頑張る先輩、36歳という年の近い先輩が話す言葉に、新成人の皆さんも真剣な表情で耳を傾けていました。
「親への感謝を忘れずに」「自分のため、家族のために命を守ることの必要性」「人生のリスタートは何度でもできる」「秋田で生きて行ってほしい」
裕樹さんのメッセージ、新成人の皆さんに確かに響いたと思います。
裕樹さん、講演ありがとうございました。

おおたはなだより №19 ~和賀岳・薬師連山の高山植物 ver.~

7月18日にニッコウキスゲ観賞和賀岳登山の様子をブログで紹介しましたが(「7月8日ニッコウキスゲ観賞和賀岳登山」)、今回はその登山でみられた高山植物を紹介します。

 

1) ニッコウキスゲ(日光黄管) ユリ科

(※ こちらの写真は広報広聴課の岡田さんが撮影し、広報8月号の表紙になったものです)

7月18日に投稿したブログでも紹介しましたが、今回の観賞登山のメインを飾る花です。薬師平に群生しており、晴れた日の空の青色と花の黄色と緑のコントラストはとても綺麗です。
この花の満開と青空に毎年出会うことは難しいため、その場面に出会うことができたら、幸せになれる、、、かもしれません(^^;

 

2)ウラジロヨウラク(裏白瓔珞) ツツジ科

湿気のある林内や草地に生えています。別名をツリガネツツジといい、筒状の花が下向きについています。高山植物の本などでは紅紫色のものが多いですが、今回みられたこの花は色が淡いものでした。

 

3)チングルマ(稚児車) バラ科

和賀岳・薬師連山の中では、和賀岳頂上付近に群生をなし、湿り気の多い場所を好みます。小ぶりな花で白と黄色と緑の色合いがかわいらしい花です。

 

4)ギンリョウソウ(銀竜草) イチヤクソウ科

ブナ林の林床に生え、落ち葉などに寄生する腐生植物。
別名ユウレイタケと呼ばれ、湿り気のある所にあります。少し不気味ですが、じっくりみると透き通ったように見える姿がきれいでした。

 

5)コバイケイソウ(小梅蕙草) ユリ科

和賀岳・薬師連山では尾根沿いの草地でみられます。有毒で、誤食すると死にいたることもあるので注意が必要です。

 

まだまだたくさんの花がみられましたが、今回撮影した高山植物は5種類。和賀岳・薬師連山では時期により様々な高山植物がみられます。一度だけではなく何度でも訪れて季節の花々をお楽しみください(^^)♪

 

※ 高山植物は採取することが禁止されています。綺麗だから、珍しいからといって登山道以外の区域に入ったり、花を摘んだりすることは絶対にしないでください

 

「お互いさまスーパー」の可能性

「お互いさまスーパー」って聞いたことありますか?県内には3か所、五城目町の「みせっこあさみない」、由利本荘市の「赤田ふれあいスーパー」、羽後町の「仙道てんぽ」があります。
「お互いさまスーパー」は、住民自らが主体となって買い物の場となるミニショップを開設、運営する取り組みです。地域住民の買い物の場としてだけでなく、集いの場となり、働く場となり、農産物や山菜などの地域資源を活用する場にもなっています。

8月6日、仙北地域振興局で、この「お互いさまスーパー」についての説明会が行われました。太田支所では、買い物支援は将来直面するかもしれない課題ととらえ参加しました。また、この日はインターンシップで高校生が太田支所を訪問していましたが、若い世代にも地域の課題を感じとってもらいたいという想いから、同行してもらいました。
この説明会は、県の「あきた未来創造部活力ある集落づくり支援室」の主催、田原室長は開会の挨拶の中で、「秋田県は全国1位のペースで少子高齢化が進んでおり、これまでの集落活動が困難になってきている。3年後・5年後・10年後にこの地域で暮らしていくことを見据えて、同じ課題を抱えている地域を参考にしてもらいたい」と説明会の意義について語りました。その後、ガイドブックに基づき、既設3店舗の取り組みについて、また設立・運営の手順や手法について説明がされました。
県内3か所の「お互いさまスーパー」はいずれも平成28年3月のオープンで、中には元々児童館だった建物を利用しているところがあったり、食堂が併設されているところや、直売所がある店舗があったり、交流スペースがある店舗もありました。法人として取り組むところも、任意団体として取り組むところもありますが、任意団体では、開店に伴う仕入資金に地域住民の寄付を集めたことなど、どこの取り組みにも地域の活性化を望む強い想いを感じ、創意工夫がありました。
その後、コンサルタントのプロから経営について講話があり、最後に羽後町の「仙道てんぽ」の土田代表取締役と羽後町職員の佐藤主任から、実際の取り組み方について説明がありました。
仙道地区の取り組みは、平成15年から始まっています。JA購買部の閉鎖により、地域に食品を扱う店舗がなくなることを不安におもった住民有志が運営委員会を設立させ、商店の運営を引き継ぎました。平成19年には運営委員会を発展させた「株式会社仙道てんぽ」を設立し、順調に運営をしてきました。平成26年頃から売り上げ減少と設備の老朽化により、運営維持に不安が出てきたそうですが、平成27年に県の「お互いさまスーパー創設事業」を活用することができ、店舗に交流スペースや直売所の新設、設備の整備を実施し、秋田県内の「お互いさまスーパー」1号店として開店しています。県内でもモデルとなる先進地だと感じました。ちなみに「仙道てんぽ」の売れ筋ベスト3は、1位:ビール・酒類、2位お菓子、3位アイスクリームだそうです。ビールやお菓子は地域行事でも必須アイテムですから、需要が高いのも納得です。アイスクリームも、なるほど溶けない距離って大事ですよね。

説明後の質疑応答では、「立ち上げのときの補助金のほかに、経常的に県や市町村からの補助金はありますか?」「赤字になりませんか?」「法人でない場合の出資金は?」などの質問がありました。参加者の皆さんが説明を聞く中で、「お互いさまスーパー」を必要な事業と感じ心配な点を確認している印象を受けました。

同行した高校生の意見を聞いてみると
藤原玲央さん:「お互いさまスーパー」の存在は初めて知った。説明を聞いて、経営はギリギリで難しい点もたくさんあると知った。運営も来客も地域住民であるため、売る側と買う側の距離が近く、ニーズに応えることができるのは、他の店にはなかなかできないことなので良いと思った。また、送迎サービス、配食サービスなどが考えられていて、「売上向上」と「来るのが困難な高齢者への配慮」と一緒にでき、太田にも「お互いさまスーパー」がつくられることになったら、これらのサービスを導入してほしいと思った。
加藤那菜さん:太田の中心部にはスーパーやコンビニがあるが、東側にはないので「お互いさまスーパー」があれば良いと思った。太田地域には、地元産のいい野菜がたくさんあるので、それを活かすように取り組めれば、より良いと思った。

説明会直後は「難しかったです」と言っていた2人も、しっかりとした意見を持っていました。買い物というテーマは、高校生にとっても身近な問題です。一緒に話を聞き、事業を理解し意見を持ってくれたことは、大変頼もしく感じました。藤原さん、加藤さん、ありがとうございました。

「お互いさまスーパー」について、太田地域では具体的に取り組んでみたいとか、検討しているということは、まだありません。現在、太田地域では登録制ではありますが、区域型の乗合タクシーを使用することで、スーパーへの買い物手段は保たれています。ただ、この区域型乗合タクシーも年々利用者が減少し、住民のニーズに合っているのか検証が必要となっています。買い物支援は、生命活動を支える大事なテーマです。このブログにより、「お互いさまスーパー」について知り、買いたい側の人と売りたい側の人が「お互いさま」に、事業の可能性について感じていただければと思います。
高校生と一緒に学んだためか、いつも以上に思いが強く、長くなってしまいました(笑)
最後まで読んだくださった皆様、ご清読ありがとうございました(笑)

儚きもの・・・

私は心躍りましたが、嫌いな方もいるかもしれない、そう思いながらも見せたい気持ちが勝りました。虫の嫌いな方にはすみません。

木々に囲まれた太田庁舎、庁舎前の歩道を歩いていると縁石に並んだセミの抜け殻が!
なぜこんなこところにというきわどい場所に、キレイに並んでいる様子に心躍ってしまいました。ちなみに支所の中でも心躍るタイプの人と、ちょっと引き気味の人と2分しています(笑)
すぐ近くに木があるのに、なぜここに。セミの儚い一生をさらに儚く思わせる所業に、少しの切なさとクスッと笑えるおかしさが。気になって、あたりの木々を見渡してみると、あちこちに抜け殻の密集地帯が。ここに通って6年目の私もこんなに多いのは今年が初めてかもしれません。

よくセミの寿命は一週間と言われますが、実は一か月ほどは生きるそうです。成虫のセミの飼育はかなり難しく、飼ってみたら1週間ほどで死んでしまうケースが多かったため、そのように広まったようです。
儚きものの整然と並ぶ姿に、なんだか例年より存在感を感じた夏の一コマでした。

夏色グリーンで涼を感じて

毎日暑いですね。「暑い・・」とボヤいたところで、涼しくもならないので、少しでもクールな話題を探そうと、車のエアコンをガンガンにしてお出かけしてみました。
太陽がサンサンと降り注ぐ中、そうそうクールなこともないのですが、見渡すと緑の濃さに心が動かされます。今、太田は夏色グリーンが美しい!生命力を感じる緑の濃さが、次々と目に飛び込んできます。

大台スキー場から仙北平野を望む。夏雲、青空、スキー場の緑、木の緑、田んぼの緑。夏色ですね。

 

田んぼの向こうに大台スキー場。稲の緑が爽やかです。

 

整然と並ぶ大豆。緑が濃い!

 

緑の田んぼの向こうに鳥海山。清々しいですね。

 

植物を窓辺に植えたり配置したりして、緑のカーテンで涼を演出するだけあり、緑色に涼しさを感じることってありますよね。この太田の夏色グリーンだって、クールな話題になるのでは?
涼を感じさせる色と言えば、青空や海などから青色が思い浮かびますが、ここ大仙市では海がないため、ことさらに緑に涼を感じてしまいます。

キレイに撮れたなと思った写真を課内でお披露目したところ「パソコンのデスクトップにしたい写真ですね」と若いメンズが一言。なかなか上手な褒め言葉♪と思いながら、そんな涼のとり方もいいかもと思ったり。皆さんにも太田のグリーンで少しでも涼を感じていただけたら幸いです(笑)

大仙を学ぼう!夏休みの「ふるさと博士育成」事業

大仙市教育委員会では、子ども達のふるさとを愛する心を育て、地域の将来を担う人材の育成を目指すことを目的に、小学校3年生から中学校3年生までを対象として「大仙ふるさと博士育成」事業に取り組んでいます。
この事業はポイント制になっており、地域行事への参加や、企業・施設等での見学・体験など地域と関わる活動をすることで、見学や説明を聞いた場合は1ポイント、体験活動を行った場合は2ポイント、運営のお手伝いなど貢献するような活動を行った場合は3ポイントです。そして、たまったポイントに応じて10ポイントで初級、30ポイントで中級、60ポイントで上級、100ポイントで名誉博士に認定されます。夏休み直前の7月18日時点では、ふるさと博士の認定者数は、名誉博士が6名、上級が22名、中級が483名、初級は2648名にものぼります。

この「ふるさと博士育成」事業に、より取り組みやすくするために、毎年夏休みや冬休みには「企業見学DAY」が企画されています。大仙市内の企業や施設を見学・体験活動ができるよう参加者を募集し、毎回募集人員を大幅に上回る申し込みがあるそうです。そして今年の夏休みには、新しく「ふるさと農業体験DAY」が追加されました。今回、農業体験を受け入れてくれたのは、太田の太田農業振興情報センター、大曲のアグリフライト大曲、協和の農業組合法人たねっこの3施設です。

7月25日(水)に行われた、太田農業振興情報センターの「ふるさと農業体験DAY」の様子をお知らせします。
太田の広報担当として、また小学4年生の保護者として、この事業の良さを伝えたいと思い参加申込しておいたのですが、やはり人気でした。定員に間に合ってよかったと、一安心。生徒児童が24人と保護者が20人、気温32度をマークする午後の時間帯にもかかわらず、みんな楽しみに来ているのが、表情でわかります。まずは、センターの2階会議室で木村喜代美所長から研修施設の説明がされました。「ここは農業を仕事にしたいという人達が勉強するところです。今は9人が勉強していて、3人の先生がいます。野菜や果物を育てていて、ハウスが大小10棟、畑は6600㎡、そのうち3分の1ほどが果樹です。今日はブルーベリーの摘み取り体験をしてもらいます。自分で獲ったものは、持ち帰ってお家で食べてくださいね」一人ひとりに摘み取ったブルーベリーを入れて帰る容器が配られました。また木村一虎先生からはブルーベリーの説明がされました。「この研修施設のブルーベリーは、5品種ありましたが、植えてから15年と長くなり、品種の違いはわからなくなりました。色の濃いものでぽろっと手でとれるのが熟していて甘いですよ。消毒していないので、摘み取ってそのまま食べても安心です。白い粉がついていることがありますが、植物が自分の身を守るために出した粉なのでそのまま食べられますよ」何度となく足を運んでいる農業振興情報センターですが、自身も学ぼうと思ってきたのは初めてです。参加者の中で一番真剣にメモを取ったのは私のような気がします(笑)無農薬のブルーベリーに想いを馳せて、いよいよ暑い外に出ていきます。
外では研修生が待機しており、先生役になって摘み取りの仕方を教えてくださいます。ただ立っているだけでも汗が落ちてきますが、摘み取りを始めると暑さも忘れます。一度にたくさん収穫したい母と対照的に、我が家の娘さんは、黒っぽくて大きめで傷んでいないブルーベリーを選別しながら丁寧に摘み取っていきます。待っている時間に、研修生の方に聞くと○○ベリーと名のつくものでも、分類はそれぞれ違い、イチゴ(ストロベリー)などは「バラ科」なのに対し、ブルーベリーは「ツツジ科」になるそうです。大人も勉強になります。より熟している実を探しながら、夢中で摘み取っているとあっという間に、持ち帰りの容器がパンパンになり、そろそろ終わりです。汗を拭きながら、センターの2階会議室に戻ると、参加者全員で食べられるように、茹でたトウモロコシが準備されていました!うれしい心遣い♪今回、研修施設では「楽しい夏休みの一日を農業体験して過ごしてもらいたい」「農業研修施設は、おいしいものがたくさんあるところだと思ってもらいたい」と、子ども達を迎えてくださいました。
研修施設では、野菜や果物の栽培を通じ、手間と愛情を注ぎ大きく美味しく育てることを日々実践しています。その大事に育てた美味しい野菜や果物を感じてもらうことで、農業への関心が高まる気がします。農業のプロのおもてなしは、気取らなくてもありのままで、大仙の良さを伝えてくれていると強く感じました。
参加された皆さん、農業振興情報センターの皆さん、暑い中お疲れさまでした。
この日ゲットした2ポイントは、特別に暑くて熱いポイントな気がします。小中学生の皆さん、「ふるさと博士」の認定を目指して、これからもがんばってくださいね!

「太田分校レストラン」 OPEN!!

7月17日(火)、中里温泉レストランを会場に「太田分校レストラン」がオープンしました。
会場には、地域内外から多くの人々が訪れ、ここでしか味わえないオリジナルメニューを楽しみました。

太田分校(秋田県立大曲農業高校太田分校)レストランは、地域の魅力再発見事業の一環として、太田支所と太田分校、中里温泉の3者が企画。
地域の活性化推進と、高校生の将来に向けた経験値向上(体験実習の場)をめざして、地域住民の憩いの場である中里温泉レストランを会場に、毎月1回ずつ来年1月までの計7回にわたって開催するものです。
太田分校で「フードデザイン」を学ぶ情報教養コースの生徒7名が、メニューの開発から当日の運営にまで携わり、太田分校のほ場で作られた無農薬野菜や、太田地域産の旬の食材をふんだんに使ったランチが提供されます。

初の開催となったこの日は、かねてからオープンを待ちわびていた多くの方が開店前からレストランに並び、予定していた限定50食はあっという間に完売。
大繁盛のうちに終了となりました。
オープン当日、生徒の皆さんは朝から大忙しでした。

朝9時、情報教養コースの3年生6人が中里温泉レストランに集合。
厨房での調理補助、ホールでのウェイター・ウェイトレスの役割を確認しながら、11時のオープンまで2時間の間に、お客さんを迎えるために開店の準備を整えました。


11時のオープン直後からお客さまが続々と訪れ、レストランは満席状態に。
以前、準備の段階からメディアに紹介されるなど、大きな反響があったこともあり、仙北市や美郷町、遠くは男鹿市からなど大仙市以外からはるばる足を運んでくださった方もいました!

今回のメニューは3年生の戸部萌夏さんが担当。
煮込みハンバーグデミグラスソースを主菜に、夏野菜とカニ入り厚焼き玉子、ブロッコリーとカリフラワーのチーズ焼きなど、暑い夏を元気に過ごせるようなボリュームのあるお弁当です。

お客さんに感想を聞いてみると、
「とっても美味しい。それに固いものがなく、歯が弱い高齢者にはうれしい弁当。おかずがいっぱいでご飯が食べられない(^^)」
コメントからそのボリューム感が伝わってきます。

中には、昨年まで太田分校に在学していたOBの姿もありました。
「今年3月に卒業したばかり。今日は運よく仕事が休みで、自分で働いたお金で後輩が考えたランチを食べに来た。うまい!」
後輩の頑張りを誇らしげに見守ります。
中には、太田地域食生活改善推進委員(ヘルスメイト)さんの姿もありました。
会長の小松ミホさんは、
「彩り豊かで、普段行くようなレストランメニューにはない新鮮さがある。若い感性が活きているような気がする。今、ここでしか味わえない限定50食なので、今日は食べることができて良かった」
と、料理のプロからも大好評の様子でした。

一方で、生徒の皆さんとっては初めてのレストラン営業。
ホールや厨房で、慣れない作業にとまどう場面もありましたが、みんなで声を掛け助け合いながら、ていねいに、一生懸命に対応していました。
 

さて、次回、8月の太田分校レストランは8月28日(火)にオープンします。
今回は、一気にお客さまが訪れることを予想し整理券を配りましたが、あまりの盛況ぶりに席が空かず、長時間お待たせしてしまった方も多くいらっしゃいました。

そこで、次回開催時からは、次のとおり時間帯ごとの完全予約制で営業することとしました。

・期日 8月28日(火)
①11時~12時  20食
②12時~13時  20食
③13時~14時  20食

予約受付開始は8月6日(月)から中里温泉(電話0187―88―1471)で受け付けますので、今後の情報にご注目下さい。

化学肥料や農薬を使わず、しっかり栽培管理した太田分校産のコメや野菜をふんだんに使ったメニューの「太田分校レストラン」。
ここでしか味わえない美味しいメニューからはもちろん、高校生が頑張るその姿からも元気をもらえること間違いなしです。

数量限定ですので、ご予約はお早めに♪

ニッコウキスゲ観賞和賀岳登山

平成30年7月8日(日)太田支所市民サービス課主催のニッコウキスゲ観賞和賀岳登山(以下、登山)が開催されました。この登山は、7月上旬~中旬に見頃となるニッコウキスゲ(※1)の群生を観賞する目的で毎年開催されていました。しかし、登山口に通じる真木林道(市道真木線)が平成27年7月の豪雨災害により通行止めになり、昨年10月末に復旧したことから、3年ぶりの開催となりました。

本来であれば今年の開催は7月7日(土曜日)の予定でしたが、強雨により8日(日曜日)に順延となりました。8日当日も不安定な空模様でしたが、雨は降っておらず登山を開催することができました。

 

現地に到着し、例年どおりガイドリーダーを務める倉田陽一さん(秋田県立自然公園管理員)から登山における注意事項を説明してもらい登山が始まります。

 

午前6:30に甘露水口(かんろすいぐち)登山口から登りはじめます。登山コースは、はじめから急な登り坂なので、登山経験があっても最初はゆっくりとしたペースで進みます。

急な登山道に息が上がりますが、ブナ林の静かな雰囲気が参加者を迎えてくれます。

しだいに背の高い木々が少なくなり、尾根(稜線上)に出ると視界が開け、疲れも少し和らぎます。しばらく歩くと再び急坂となり、藪(やぶ)が濃くなりますが、薬師岳まではもう少し。

 

薬師岳山頂を過ぎると、ニッコウキスゲの群生がある「薬師平」にたどり着きます。ここが和賀岳・薬師連山の見どころの一つですが、ガイドの方によると、登山当日が今年の満開時期とのことでした。ガス(霧)がかかるあいにくの天気でしたが、ときおり見える青空と花の黄色と緑のコントラストがとても綺麗でした。

 

薬師平を過ぎると、小杉山(こすぎやま)分岐、小鷲倉(こわしくら)と中継地点が続きます。先ほどよりもさらに濃い笹藪や急坂。参加者は険しい登山道に悪戦苦闘しながらも一歩一歩足を進めます。

小鷲倉から約30分、目標の「和賀岳」山頂まであと一歩です。

 

直線距離にして約8.4kmの往路を登り、午前11:30和賀岳に到着しました。山頂で昼食休憩をとった後、下山を開始しました。
当日の参加者は総勢29名。順延により参加者が少し減りましたが、怪我なく無事に夏の山行を楽しむことができました。

太田支所では、太田地域と美郷町にまたがる真木真昼県立自然公園を多くの方々に知ってもらおうと、毎年登山やウォーキングなどのイベントを実施しています。和賀岳・薬師連山や川口渓谷の遊歩道、太田交流の森(大台スキー場)など、「身近にある大自然」に触れてみてください。お待ちしています!!

 

(2018.7.8 和賀岳山頂にて)

 

 

※1 ニッコウキスゲ(日光黄管)
ユリ科の花。和賀岳を代表する花で和賀岳頂上、薬師岳の群生がすばらしい。スゲの名がついていますが、スゲの仲間ではなくユリ科に属します。別名ゼンテイカ。

※2 和賀岳・薬師連山の登山について
和賀岳・薬師連山の登山道は上級者向けのコースです。登山道の刈払い等維持管理作業は実施していますが、一部藪が濃い、道幅が極端に狭い、すべりやすい箇所等がありますので、十分な装備と余裕を持った計画を立てて登山をお楽しみください(登山口に「登山届」提出ポストがありますので提出をお願いします)。登山経験が浅い方は、民間のガイドの活用をお勧めします(市でガイドは実施していません)。

なお、和賀岳・薬師連山関連情報については下記ウェブサイトをご参照ください。
【和賀岳・薬師岳・真昼山登山情報】 (秋田県立自然公園管理員 倉田陽一さん開設・運営)

※3 和賀・薬師連山でみられる花について
今回の登山でみられた花は、後日、ブログで紹介いたします。お楽しみに!

 

太田北小 全校音楽劇のオーディション

今年で12回を数える太田北小学校(福山新悦校長・児童数40名)の全校音楽劇、今年度の本公演は10月28日(日)です。
北小を語るとき必ず話題になるのが全校で取り組む「音楽劇」です。ちなみに私は太田出身でないため、保護者でもOBでもありませんが、一度みたらすっかりリピーターとなり、3年連続で本公演に足を運んでいます。地域の皆さんの中にも、毎年楽しみにしている方がたくさんいます。

北小の全校音楽劇の第1回公演は平成19年度、当時の菊地清志校長先生が書いたオリジナルの物語を、太田文化プラザで上演しました。完成度の高さから、翌年度からは会場をドンパルに移し、その後は毎年ドンパルでの上演となっています。
大仙市内で最も児童数の少ない北小ですが、小規模校であることを生かした取り組みとして、児童全員が一人一役を担い責任を持って「全校音楽劇」をつくりあげています。脚本・演技指導では、わらび座の方が協力してくださり、音楽劇を盛り上げる生演奏を地元有志でつくるミュージカルバンドが行うなど、地域住民とともに取り組んでいます。

昨年の本公演の様子

毎年のようにブログでも感動の公演の様子をお伝えしていますが、今年は本公演までの子ども達の取り組みも伝えたいと思い、まずは7月10日に行われたオーディションの様子を紹介します。

 

7月10日、北小の体育館で音楽劇のオーディションが行われました。全校児童40名のうち26名がオーディションに参加しました。オーディションの審査員は脚本を担当するわらび座の齋藤和美さんが務めました。低学年ではかわいい役をやりたい、高学年になると昨年と違うこんな役にチャレンジしたいなど、みんな強い意思をもってオーディションに参加したようです。率にして65%の子ども達が、自分の演じたい役を決め、セリフを覚え、オーディションにのぞんだことになります。この主体性は、全校音楽劇の取り組みの素晴らしさの一つだと思います。演じたい役を決める前には、きっと物語を理解する必要もありますし、その役への理解も必要です。やりたいという意志と、理解し表現しようとする努力、子ども達の主体的な関わりがあってこそのオーディションです。
子ども達の全校音楽劇に向かう気持ちの真剣さを感じました。

子ども達の取り組み方を知ることで、また一段と本公演が楽しみになりますね。北小の皆さん、配役が決まったら練習にもお邪魔しますよ~。応援をこめて、発信していきたいと思います!

東今泉八幡太鼓 青少年育成功労で県表彰受賞

太田地域の東今泉八幡太鼓(大信田悟代表)は、昭和55年結成の太鼓演奏グループです。現在は小学生から大人まで総勢21名で活動しています。

東今泉集落にある神社で古くから奉納されていた神楽(かぐら)が廃れたことを憂いた当時の青年達が、「神楽を残していきたい」「地域を元気にしたい」との思いから東今泉八幡太鼓の活動がスタートしました。お囃子をモチーフした創作太鼓演奏から始まり、神社祭典への奉納を中心とした活動をするうちに、技術を磨き知名度をあげ、現在では県内外のイベントにも多数出演するような団体へと成長しました。

H30.2.3太田の火まつりに出演する東今泉八幡太鼓の皆さん

平成11年には、ジュニアチームを発足し、後世に芸術文化を継承するという大事な役目を果たしつつ、太鼓の練習や、その成果を多くの人にお披露目することを通じて、青少年の心身の健全な育成をはかっています。また、平成26年からは大曲農業高等学校太田分校が全校生徒で取り組んでいる「全校民謡」の一環として、生徒に対して太鼓指導を継続的に行っています。
このような積極的な活動から、このたび、青少年育成秋田県民会議の表彰を受けました。今年、この表彰を受けた団体は全県で3団体、大仙市では「東今泉八幡太鼓」のみです。

表彰式に参加した大信田悟代表

 

この表彰を受け、6月9日には、「東今泉八幡太鼓」の現メンバー、結成当初のメンバー、活動を支える地域の皆さんが参加して、受賞をお祝いする会が開かれました。
大信田代表から「私たちの東今泉八幡太鼓は結成38年となり、秋田県で一番歴史が古い太鼓グループとなった。結成当初は練習場所がなく、太田公民館に落ち着くまで神社の境内や大台スキー場の駐車場など練習の度にいろんなところに移動して歩き苦労した。太田公民館が練習会場となり30年余り、今まで続けてこられたのは毎度こころよく練習場所を提供してくださる太田公民館と、公民館から大きな太鼓の音が響いても苦情一つない地域のみなさまのおかげだと、深く感謝している。平成25年に宝くじ助成を受けて太鼓の修理をしたが、このとき修理完了を確認に来た宝くじ協会の方が、私たちの練習場所である公民館集会室の『天に轟(とどろ)き、地に響く、東今泉八幡太鼓 がんばりを応援します 太田公民館』という掲示を見て、こんなにも地域から応援してもらっている太鼓グループは、日本全国どこにもないと大変驚いていた。練習場所の確保に苦慮している太鼓グループが多く、私たちは本当に恵まれている。今回の受賞を励みに、さらに頑張っていきたい」と感謝の言葉が述べられました。喜びを関係者みんなで分かち合い「おめでとうございます」の趣旨で、この会が開催されたと思いきや、なんと団体の側から「このような表彰をいただき、ありがとうございます」という想いで、開催されたとのこと。
謙虚さと、地域を想う気持ちが強く感じられます。結成時から「地域を元気にしたい」と活動されてきたその趣旨を変えることなく活動を続けてきた姿に、本当に感謝と敬意を感じます。
「東今泉八幡太鼓」の皆さん、この度はおめでとうございます。皆さんの活動は、地域の誇りです。これからも、今までどおりそしてますますご活躍ください。イベント時にはまたよろしくお願いしますね!

梅雨の季節に 「アジサイ」コレクション

梅雨の季節だからこそ、雨を味方にした話題をと思い、太田からは、雨をまとった「アジサイ」コレクションをお伝えします。

撮影に向かった先は、横沢公園。ちょうど雨があがった瞬間に到着、みずみずしい水色・紫・ピンク・白の「アジサイ」をパチリとしてきました。
アジサイは根っこから吸収されるph値によって花色を変える植物です。土壌が酸性の場合は青色の花となり、逆にアルカリ性の場合はピンク色になります。
そこまでは、事前に知っていたのですが、なんとアジサイの花色、もともとはピンクだそうです。個人的には水色や紫の青系のイメージが強かったため、意外でした。
酸性の土壌にはアルミニウムが含まれており、アジサイが持つアントシアニンと土壌のアルミニウムが結びつくことで、花色が青色に変化するそうです。そして、花の老化とともにアルミニウムの吸収が少なくなることから、最後には青色の花もだんだんとピンク色に近づいていくとのこと。「アジサイ」の色の違い、見る視点がまた一つ増えましたね。

 

そして、アジサイの花言葉ですが、たくさんあって紹介しきれないので「アジサイ」コレクションにちなみ、色別に紹介します。

アジサイの白色 花言葉は「寛容」

土壌のph値により、青やピンクに花色を変えるアジサイですが、なかには白色の品種もあります。青、ピンクどちらでもなくどの色にも染まれる白色から、「寛容」という花言葉が生まれました。

 

アジサイのピンク色 花言葉は「元気な女性」

花のピンク色はとても可愛らしくまるでピョンピョン跳ねているようでもあり、まさに「元気な女性」という花言葉がぴったりです。

 

アジサイの青色の花言葉「忍耐強い愛」

アジサイは生命力の強い植物で、自然のままに放っておいても毎年美しい花を咲かせ見るものを楽しませてくれます。そんな花の姿からつけられた花言葉です。

 

気分が滅入りそうな梅雨ですが、色とりどりに元気に咲くアジサイをみて、パワーをもらった気がしました。そして、タイミングよく、横沢公園をフィールドワークで訪れた太田東小学校の2年生の皆さんを発見!手をつないで寄り添って歩くその姿と帽子の色が「アジサイ」コレクションの一つみたいで思わずシャッターを切ってしまいました(笑)

 

色だけでなく花びらの形もそれぞれ違って、「アジサイ」のお花見もなかなか見応え充分ですよ。横沢公園の「アジサイ」は、つぼみも多くしばらく見ごろが続きます。
季節の花が様々に咲く花の公園、横沢公園に皆さんも足を運んで、いろんな「アジサイ」を探してみてください♪雨で滅入る気持ちも吹き飛びますよ。