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太田地域の転作確認

毎年この時期に行われている転作確認を取材してきました。
転作と減反政策について、あらためて調べてみると、、、

【減反政策(転作)】
1970年(昭和45年)から始まった米の生産量の調整。米あまり(米の供給過剰)による米価の下落を防ぐために耕地(田んぼ)での米の生産数量の調整と米以外の作物を生産することを推進してきた事業

今年度、長年続けられてきた国による減反政策が廃止されました。これに伴い、今まで米の生産数量目標に従うことで助成されていた「米の直接支払交付金」も廃止されました。しかし、秋田県農業再生協議会では米価安定のため、米の「生産数量目標」に代わる「生産の目安」(※1)を定め、実質的な減反が続けられていることから、米の作付状況の確認が必要となります。このほか、米の直接支払交付金廃止後も経営所得安定対策等による水田活用や畑作物に対する交付金等は続けられており、転作作物の作付状況や面積が、農家の申告どおり適切に行われているかという確認を兼ねて、太田地域では5月31日から6月8日まで転作確認作業が実施されました。

転作確認ではまず、各集落単位等、一程度に取り纏めた営農計画書を事前に提出していただきます。確認日に集落推進員の方々と共にそれらの最終確認を行い、現地確認へと向かいます。

現地確認では、営農計画書と実際の転作状況を突合し、事前に申告されている作付面積や作物の種類にズレがないかを確認していきます。

米の需要が減少する中で、米の生産規模を拡大し効率化を図る方もいれば、転作作物に重点を置く方もいるかと思います。従来の減反政策は、国主導の農業政策であり、生産数量目標に従うことで米の直接支払交付金が助成されていましたが、今年度から廃止になったことで、今後は各自治体や農業経営者、農家らが「主体的」に「何を栽培し、どう販売していくか」を考えていかなければならない時代となってきているようです。(他地域の農業法人では独自に海外への販路を開拓し通年の米販売を実現している等の例もあります)

太田地域は県内でもトップクラス(※2)の農業地域であり、その時の農業政策を先進的に活用してきています。農政の転換期を迎えた今、太田地域の農業により注目していきたいと思いますし、市民のみなさんにもそれぞれの地域でどんな農産物が生産されているかなど、地域の農業に関心をもっていただければと思います。

 

※1 平成30年度 大仙市の「生産の目安」設定率:56.4%(転作率:43.6%)

※2 夏のビールのつまみに欠かせない枝豆。太田地域は、秋田県一の枝豆の産地である。秋田県では、日本一の枝豆の産地をめざしており、太田地域はその先導役を担っています。
太田地域の園芸作物(野菜、花、きのこ等)の生産は、秋田おばこ農協管内(大仙市、仙北市、美郷町)でトップです。

平成29年度
太田地域の園芸作物出荷実績 4億6,229万円
大仙市全体 13億7,073万円
秋田おばこ農協管内全体 23億3,032万円

※ 過去のブログ
2017年(平成29年度)

高禮建設の地域貢献活動

太田町斉内の高禮建設株式会社では、毎年「地域貢献活動」として地域の安全を支えるような奉仕活動を行っています。毎年カーブミラー清掃をしてくださっていますが、今年は高禮建設のすぐお隣にある太田東小学校でプール清掃を行いました。

6月に入ったばかりというのに、連日の暑さ。子ども達にとっては、プール開きが待ち遠しいことと思います。今回のプール清掃は、高禮建設から東小学校へ提案した活動だそうです。小学生の子どもを持つ私としては、建設会社の皆さんが学校のプールをキレイにしてくれるなんて、うらやましいかぎりです。子ども達はもちろん先生たちもどんなにか心強いことでしょう。
太田東小学校では、子ども達がプールにたまった落ち葉を取り除いて、高禮建設の皆さんが来るのを待っていたようです。プール清掃に訪れたのは高禮建設の5名の従業員、2台の高圧洗浄機を持参しプールサイドのこびりついた土汚れを洗い流したり、手洗い場を磨き洗いしたり、プールまわりの柵の塗装を塗りなおしたりしていました。高圧洗浄機や塗装用品を準備したりというのは、やはり建設業者ならではですね。高圧洗浄機で流し終えた部分はキレイさが違い、一目瞭然。暑さの中、もくもくと作業をされる姿にプロの仕事ぶりを感じました。高禮建設の戸嶋専務取締役は「東小学校のプール清掃をするのは2回目だな。このプールの施工もうちの会社がした。キレイにしねねべった」と話してくれました。プールサイドが終われば、プールの中もキレイにする予定で、一日で終われないかもしれないと戸嶋専務。妥協を許さないプロの仕事は、工事現場でもプールサイドでも同じなんだなと感じました。

高禮建設の皆さん、ありがとうございました。土木工事や道路工事という大きな安全から、身近な安全まで、頼りになる建設会社だと改めて感じました。これからも太田地域の安全を守る活動をお願いします!

太田の農業女子☆ありさ

田植えもようやく一段落。5月中旬から下旬にかけて、太田地域ではあちらこちらで田植えの風景が見られました。太田で農作業の風景は特段珍しくありませんが、若い女性が農作業をがんばる姿は、見逃せない風景です。太田の農業女子・小松有沙(ありさ)さんの春作業風景をお伝えします。

小松有沙さんは太田町斉内在住の25歳。背が高くてすらっとしたスタイル、小顔の美人さん、私はいつもリカちゃん人形みたいだなと思っています(笑)そんなかわいらしい彼女が、ごくごく自然に農作業をしています。
有沙さんの家は14代続く稲作農家。今はお父さんとおばあさんも一緒に田んぼに出ています。お勤めのお母さんがお休みの日は、お母さんも田んぼに出るそうです。農業法人が増えてきた太田ですが、家族経営でがんばっています。
5月の末、代掻きと田植えにお邪魔してきました。
代掻きは、2台のトラクターを使い、お父さんと有沙さんがそれぞれに作業を進めます。
有沙さんも慣れた操作でどんどん進んでいきます。
5月28日の時点で、まだ6町歩ほどがこれから植え付けとのこと。今年の作付は18町歩、来年は20町歩を超えるだろうと、びっくりな規模のお話をしてくれました。家族経営でそれだけの作付をしているなんてびっくりです。有沙さんは、自らが作業して収穫したお米を「ありさこまち」と銘打ち、現在商標登録の申請中だそうです。今年の秋には、ブランド化した「ありさこまち」がお目見えしそうです。

田植え作業は、8条植えの田植え機を使用し、有沙さんとお父さんが交代しながら運転とならし作業とを行っていました。父娘のチームワークもばっちりです。有沙さんの田植え機の扱いも慣れたもの、カメラに気づいてポーズをとってくれる余裕もありますが、真剣な表情もキリッとして素敵です。有沙さんの作業を見つめるお父さんは、「農業を継いでほしいと言葉にしたことはないんだけど、ここにいると言って農業をやってるな。太田には就農者の研修施設もあるが、わが家のやり方を教えている。自分は稲作一本でやってきたから、有沙もその姿を見てるんだな、米づくりをがんばってるな」と本当にうれしそうです。「ありさこまち」の商標登録について聞くと、「自分で考えてやってる。全部任せてる」とのこと。父娘のいい信頼関係があってこそだなと強く感じます。
「ありさこまち」は、苗の間隔を広く植えて作付しているそうです。周囲の田んぼの苗と比較しても、間隔の広さは一目瞭然、型付けを使用した手植えの時とほぼ同じ間隔だそうです。苗の間隔が広いことで、ほ場でのびのびと生育し米粒の大きな稲穂になるため、植えつける苗は少なくても1反歩あたりの米の収量としてはほとんど変わらないそうです。のびのびと成長する稲穂と、のびのびと農作業をする有沙さんの姿が重なり、「ありさこまち」の名称に妙に納得してしまいました。

農業を取り巻く環境がめまぐるしく変わる中で、農業女子という新しいワードが生まれ、イマドキな農業スタイルを感じつつも、太田の農業女子には、農を継ぐ昔ながらの良さを教えてもらいました。
有沙さん、また秋の農作業の時にはお邪魔させてくださいね。
「ありさこまち」の収穫を楽しみにしています♪

太田分校全校田植え競技会

今年も、毎年恒例の太田分校全校田植え競技会が開催されました。毎年この行事をブログでお伝えしていますが(※下記ブログリンク参照)、この活気をぜひ市民のみなさんにもお伝えしたいと思い、今年は動画での投稿にチャレンジしました。ぜひご覧ください。

※ 過去のブログ
2017年(平成29年度)
2016年(平成28年度)

 

昨年と同様に、秋田県内を中心に活躍されているタレントのシャバ駄馬男さん、ケースケ&マサさん、秋田住みます芸人の桂三河さんがゲストとして各学年のサポートにまわっています。
結果はやはり経験豊富な3年生の優勝となりましたが、どの学年もきれいに植えられていました。閉会式ではゲストの方々からコメントをいただきました。

シャバ駄馬男さん(1年生サポート)
「1年生と、とっとこハム太郎パワーで頑張った。しかし、腰を曲げて歌いながらのこのスタイルが昔のスタンダードな田植え。秋の収穫が楽しみ。つらいことがあっても今日のような笑顔でいよう!」

桂三河さん(2年生サポート)
「作戦会議では苗をいっぱい持つ作戦としたが、持ちすぎて腰が痛くなってしまった。来年こそは優勝を目指したい」

ケースケ&マサさん(3年生サポート)
「3年生は早く、自分たちが遅かった。終盤は先生が自分たちの分をやってくれた。3年生と最後のコラボで優勝できて良かった」

ゲストのみなさんと生徒との連携がすばらしかったです。

そして閉会式では、渡部教頭先生と農業担当の高橋先生から講評がありました。

渡部先生 「みなさん(生徒)の笑顔がとても活き活きしていた。昔は田んぼ1枚から1人1年分の米がとれていた。今回は2枚分を植えたので、全校生徒49名分を植えるとすると、あと47枚植えることになり、昔の人たちの苦労がうかがえる。先人たちの苦労のもとで今があることを実感してもらえたと思う」

高橋先生 「例年よりも田んぼが大きくなり、2,3年生は苦労したと思うが、やはり上手かった。1年生は初めての経験だったが、例年、田の中で転ぶ生徒がいる中で、今年は誰も転ばなかったのは立派。秋においしい米が食べられることを楽しみにしている」

また、渡部先生の講評では「さなぶり」の由来が話されました。さなぶりとは、山の神様「さ」が田植えの時期に農作業を見守るため下山し、田植えが終わると山に帰る(登る)ことから「さ のぼり」→「さ なぶり」となり、農作業をみなで頑張ったことを慰労するとともに、山の神様に感謝をする行事となっているそうです。
農業とは縁遠い私でしたが、今回の取材で農業の奥深さや伝統の由来について知ることができました。秋の収穫までには、まだまだ苦労があるかと思いますが、収穫が一段と楽しみになりましたね。

太田町中里 薬師神社の「おにょ様」

こちらは太田町中里二十町の沿道に佇む薬師神社。
決して大きな神社ではありませんが、鳥居の横に飾られている真っ赤な「おにょ様」のお面が印象的な神社です。
「おにょ様」とは県南地区に数多くある道祖神の一種で、胴体に見立てた藁や岩などに、仁王様(お仁王様)のお面を被せ、交通の神や防塞の神として祀ってきた神体の呼称です。
この薬師神社のおにょ様も、かつては藁で作られた胴体があったそうですが、いつしか作られなくなり、今では残されたお面が地域の人々を見守っています。

さて先日、この薬師神社で秋田朝日放送の『ぷあぷあ金星』の番組収録が行われました。
ぷあぷあ金星、略して『ぷあ金』の呼び名で秋田県民に親しまれているこちらの番組は、ローカルタレントのバリトン伊藤さん、シャバ駄馬男さんが出演し、『気になること、やりたいこと』を県内各地で実践、発信し続けているバラエティー番組です。
今回は『県南地域の道祖神(おにょ様)を巡り、出演者がその似顔絵を描く』企画だそうで、数ある候補の中から大仙市では中仙地域と太田地域が選ばれ、太田地域では中里の「おにょ様」を取り上げていただけることになりました。
太田地域での番組収録は初めてとのことで、テレビ局の担当者とやり取りしたのをきっかけに、収録の現場に立ち合わせていただくことができました。

この日はバリトン伊藤さん、シャバ駄馬男さんのお二人に、同じくローカルタレントの石塚公評(いしづかこうへい)さんと、長年にわたってこの薬師神社の管理をされている佐藤春雄さんを加え、収録がスタート。
収録が始まったのは、日もだいぶ傾いた午後5時ころ。
春雄さんの案内のもと、おにょ様のお面とご対面です。

おにょ様を紹介しながら、春雄さんはこんな思い出話をされました。

春雄さんがまだ20歳くらいの頃、神社周辺のほ場を整備するため、ご神体を少し離れた古四王神社に動かしたことがありました。
当時、春雄さんの母は病床に伏していたそうですが、ある日その枕元におにょ様が立ち、元に立っていた場所へ帰りたいと訴える夢を見たのだそうです。
それを聞いた春雄さんのお父さんはただ事ではないと驚き、集落の人を集め、急いでご神体を元あった場所に戻したとのこと・・・

まだ若かった春雄さんは、人間の都合で神様を軽んずることの愚かさを痛感するとともに、即座に行動する父の力強さを頼もしく感じた体験として、忘れられない思い出になっているのだそうです。

続いて、神社の中へ。
この神社は、経年による老朽化が激しかったことから、春雄さんが資金をやりくりし、平成23年度に改修工事を行いました。
神社の中には、おにょ様がかつて胴体を持ち、集落で祀られていたことを裏付ける貴重な写真(昭和30年ころ撮影)もしっかり保管されていました。
写真を懐かしげに眺めながら当時のことを話す春雄さん、そして聞き入る皆さん。
春雄さんからひととおり話を聞いた後は、いよいよ似顔絵の作成に移ります。
お面の前に、出演者3人が並び、スケッチブック片手に似顔絵を描きあげていきます。

そして30分が経過。
完成した似顔絵は、カメラの前で一人ずつ春雄さんにお披露目されました。

どんな似顔絵が描かれたのかは、ぜひ番組内にてご覧いただきたいところですが、
忠実さを追求したものもあれば、歌が大好きだという春雄さんに寄せて描かれたもの、そして春雄さんが大ファンである北島三郎に寄せて描かれたものもあり、3人が全て違う観点でおにょ様の似顔絵を描きあげていました。

3人の描いた似顔絵に感動した春雄さんは、その場で大好きな北島三郎の「山」を熱唱し、収録の最後を飾りました。

収録を終えて、春雄さんは
「今年で85歳になった。それでもこうして元気で外に出て農業を続けられているのは、薬師神社の神様に見守られているからであるような気がする。なによりも、こうして人が来てくれること、自分が手をかけてきたものを話題にしてくれることが嬉しい」
と語っていました。

防塞の神として、地域に邪気が近寄らないように見守る「おにょ様」。
そのおにょ様が今こうして残っているのも、それを大切に見守る人がいたからこそ。

春雄さんが想いを込めて見守ってきた神社と「おにょ様」が、こうして話題になることを私も嬉しく感じながら現場を後にしました。

この収録の様子は、6月8日(金)24時15分から、秋田朝日放送で放送される予定です。
少し遅い時間帯ではありますが、是非ご覧ください!

鈴木裕樹君を応援する会10周年

わらび座の舞台役者である鈴木裕樹君を応援する会総会が5月27日、会員約70名が集まり奥羽山荘で開かれました。

大信田哲男会長が「平成21年7月4日に設立総会を開催し、今回の総会で10回目となった。設立総会のとき裕樹君は『坊ちゃん!』の山あらし役を演じていて、はかま姿に少しひげを伸ばした姿が思い出される。このときの写真を見ると、裕樹君も我々もみんな若く、10年の歳月を感じる。会員70名から始まり、当初は何年続くかと思っていたが、きょう現在会員は162名となった。この間、裕樹君は押しも押されぬわらび座の看板役者に成長した。今後ますます活躍が期待される裕樹君をみんなで応援していきたい」とあいさつ。

そして裕樹君から「秋田大学を4年で中退してわらび座の研究生になった。研究生の同期は6人いたが、役者を続けているのは私ひとりである。役者を仕事としてやっていけるか不安なときもあったが、こうして10年間みなさんに応援していただき、自分が選んだ道は間違いではなかったと思う。振り返ってみると、研究生2年目のときに『義経』で初めて舞台に上がったが、何にもできなくて演出家に二度とオマエを使わないと言われた。あまりにも自分が情けなく、初舞台の記憶が無い。その後、『坊ちゃん!』の全国公演で妻に出逢い、小劇場公演の『キューピットはどこ?』で初主演を演じた。『山神様のおくりもの』でわらび劇場公演の初主演を演じ、2011年の『アトム』全国公演ツアー出発2日前にドンパルで2時45分からのゲネプロ直前に激しい揺れがあり東日本大震災が発生した。アトムの初日は3月13日の能代公演で、震災による停電もあり、公演が行われるかどうかわからないままバスに毛布や食料などを詰め込み出発し、震災で大変な状況の中、能代市の判断で公演が予定どおり行われた。能代公演のあとは広島へ移動することになっていたが、途中ホテルに泊まれるかどうかもわからず、車中泊を覚悟してバスに非常食などをたくさん積んで向かった。その後『おもひでぽろぽろ』で脱サラした農業青年役を演じたが、田んぼに囲まれ、畑で遊んだ太田での子ども時代の生活が農業青年の泥くさい役に活かされ、この役はお前にぴったりだと演出家から褒められたことで以後の演目の役に抜擢された。おもひでぽろぽろでは、元宝塚歌劇団のトップスターであった杜けあきさんと浅海ひかるさんが特別出演した公演があり、このときの舞台は忘れがたい。また、初めて地元を題材にした『大曲花火物語』では、花火職人役と創造花火の発案者である佐藤勲さん役を演じたが、佐藤勲さんという素晴らしい人がいたことに演じていて感銘した。『為三さん!』は成田為三と倉田政嗣の友情物語でもあるが、私の代表作となった思い出深い作品である。現在は『KINJIRO!』の全国公演で各地を回っている。こうして一人の役者を地元のみなさんが応援してくれる会があるのは、全国でも私ひとりではないかと思う。これからも生まれ育った太田への感謝と、泥くささ、土くささを忘れることなく演技に励んでいきたい」と10年間を振り返りながら感謝の言葉が述べられました。

この後、KINJIRO!に出演している役者6人(平野進一さん・遠藤浩子さん・小沢剛さん・片村仁彦さん・黒木いづみさん・神谷あすみさん)とともに、歌や演奏、ミュージカルの想い出深い場面の再演などのミニ公演が披露されました。
裕樹君を応援する会の総会と忘年会の際には裕樹君の仲間も駆付け、毎回、ミニ公演を披露してくれます。今回も公演の終盤には出席者が巻き込まれ、参加者全員で踊った後、みんなで秋田県民歌を歌っておひらきとなりました。

裕樹君を応援する会の会則趣旨には「鈴木裕樹君を応援することによって太田の町の絆を深める」とあります。総会はまさしくその趣旨を実感できる機会であると改めて感じます。そして、裕樹君へその応援の気持ちは十分に届いているのだと、確認できる機会でもあります。
また、ふるさと太田を遠く離れている「首都圏ふるさと太田会」の皆さんも、裕樹君を応援する気持ちは同じです。わらび座の東京公演が5月15日練馬文化センターであった際には、ふるさと太田会幹事の方々が『KINJIRO!』を観劇してくださっていました。そこにも、太田の町の絆の深まりを感じます。
10周年を迎えた鈴木裕樹君を応援する会、これからも太田の町の絆をより強くして、裕樹君を応援しつづけてくださいね♪

大台から水田を眺めて

田んぼに水が入り、田植えが始まっています。
大台スキー場から仙北平野を望むとき、この時期の水を張った田んぼが個人的には一番好きです。仙北平野は四季折々に、

春は鏡のように見え、

夏は緑の海に見え、

秋は黄金色の絨毯に見え、

冬は白と黒のモノトーンで生クリームにチョコチップをちりばめたように見えます。
チョコチップももちろん好きなのですが、この時期の水をたたえて鏡のように見える風景に一番心を動かされるのは、これから作付が始まる風景から生命力や希望を感じるせいではないかなと思います。

作付のスタートの風景を眺めながら、仙北平野で暮らす私たちの生活を、ここまで豊かにしてくれたのは、先人たちの土地改良事業によるものと想いを馳せます。

5月20日18:00頃

 

5月20日18:30頃

かつて太田は県内でも最も米取りの低い地区であったといいます。昭和30年代、何をおいても食糧増産の時代、米取りが悪いことから土壌調査を行ったところ「Pan(パン:鉄の還元層)ができている」ことがわかりました。生産性の高い農地にするためには、農地を掘り起しPanを取り除き、水不足を解消し、区画を整理する必要がありました。昭和30年、合併により新村が発足し策定された建設計画に基づき、全国で初めて村営土地改良事業に取り組みました。昭和33年度に事業採択されてから足掛け15年かけ、不整形田を整理拡大し、原始的な用排水路を全面的に改廃、用排水系統を整備するとともに、農道網の整備を図りました。先祖伝来の農地が動くというのは初めての体験であったため反対者も多かったのですが、事業の進捗とともに反当6俵から10俵に増え経済効果が倍増したことから理解を得ることができたそうです。また、国営及び県営事業により導水路の整備が図られ、田沢疏水や第二田沢幹線用水路、そして仙北平野一号幹線用水路が整備されました。水源はいずれも玉川、仙北平野を三本の水路が「川」の字を描くように縦断し、米どころ秋田の最大穀倉地帯を支える水脈となっています。
膨大な資金と労力を費やし、時にあった政策を練り上げ実行してきた先人たちの努力により、今の私たちの豊かな生活はあるのだと実感します。

四季折々の表情を見せる仙北平野を大台スキー場から眺める時、この豊かで美しい風景を作り上げてきた先人たちの努力に感謝を忘れてはいけない気がします。
そして現在を生きる私たちは、この風景・農地を守り続けていかなければいけませんね。
大台スキー場のパノラマロードを登ったら「風景」とともに「愛郷心」を楽しんでもらえたら嬉しいです。
ちなみに、がっつり晴れた日はむしろガスがかかることがあります。よりクリアに仙北平野を見渡したいときは、雨上がりの後のすきっと晴れた日が一番おススメですよ。

Thank you♪ See you♪ タラ先生の園訪問

5月15日は、前日がさむ~い日だったので、外の陽気がとっても身に沁みる一日となりました。こんな日はきっと、こども園に行ったらいいことがある!という絶対的な自信を持ち、園に電話を入れてみると、ALTのタラ先生がきてるよ~というナイスタイミング。早速、おおたわんぱくランドにお邪魔してきました。

いつもはALTとして太田中学校にいるタラ・スコット先生。イギリス出身の24歳、大仙市に来て3年になるそうです。日本の初在住が大仙市、来た当初はまったく日本語がわからなかったそうですが、今では聞くのも話すのもほぼ日本語でオッケー、私の日本語のみの質問にも快く答えてくださいました。タラ先生は、1か月に1度のペースでおおたわんぱくランドを訪問し、子ども達とふれあっています。遊びや生活の中の子ども達が知っているものを英語で教えたり、季節の遊びなどを通じて交流を図っているとのこと。今年の冬、園庭の雪山でそり遊びをしたことが楽しかったと教えてくださいました。

この日は、まず英語でタラ先生の自己紹介そして動物の名前を英語で学び、そのあと園庭で春の外遊びを楽しんでいました。子ども達はいつもタラ先生が来るとすごく喜んでいるそうですが、まさにその通りの光景が。広い園庭に女の子たちの密集地があり、その中心にタラ先生がいました。

「タラ先生~、私にも作って~」「タラ先生~みて~こんなにカエルとった~」「タラ先生~」とひっきりなしに「タラ先生」コールを受けていました。女の子たちがタラ先生手作りのタンポポの指輪や冠・ブレスレットを得意気に見せてくれました。 

もちろん作ってもらったあとには「Thank you♪」とにっこり。英語を学んだ成果もバッチリみせてくれました。タラ先生の優しく自然体な遊びに、子ども達が寄ってくるんだなと感じました。
名残惜しいようでしたが、お別れの時間、タラ先生を囲んで集合写真を撮り、最後は「See you♪」とハイタッチをしながらお別れ。

子ども達の「See you♪」に込められた「またね」は本心だろうなと思いながら、あたたかいふれあいの光景に出会い、心まであたたかくして帰ってきました。
タラ先生、おおたわんぱくランドの皆さん、突撃取材にもかかわらず、快く引き受けてくださりありがとうございました。来月もあたたかいふれあいを楽しんでくださいね。

黄桜が作る春の賑わい 〜第5回太田黄桜まつり〜

冬はスノーリゾートとして、春から秋は自然とのふれあいスポットとして多くの人に親しまれている大台スキー場。
4月から5月上旬の桜の時期には、ソメイヨシノ、山桜、そして黄桜と、時期を微妙に違えながら3種の桜を楽しむことができます。

今は大台スキー場の麓にある黄桜並木が見ごろを迎え、訪れた人々で連日賑わいを見せています。

こちらに植えられている黄桜は、薄黄色の花を付ける『ウコンザクラ』という品種で、ソメイヨシノなどよりも開花が遅く毎年5月上旬に見頃を迎えます。
今年は4月30日(月)に開花、5月5日(土)には満開となりました。(太田支所観測)

駐車場の沿道630mにわたって植えられている207本の黄桜。
黄桜並木としては県内一の長さを誇り、満開時には並木道の一部にできあがった黄桜のアーチをくぐりながらの散策を楽しむことができます。
また、新聞でも取り上げられたことから著名度も次第に上がり、最近では遠方から足を運んでくださる方もいらっしゃるようです。

 

満開を目前にした5月3日(木)には、駐車場やロッジ周辺を会場に第5回太田黄桜まつりが開催されました。
この黄桜まつりは、大台スキー場の黄桜を観光資源としてPRしようと地元有志でつくる実行委員会により開催され、今年で5回目の開催となります。
まつり当日はあいにくの降雨に見舞われ、なかなか気温も上がらない一日となりましたが、出店や催事は予定通り実施、たくさんの方々から足を運んでいただくことができました。

当日のイベントは、太田公民館主催事業の「てくてくウォーキング」から始まりました。
午前9時に奥羽山荘を出発し、大台スキー場の一番上まで『てくてく』歩きます。

こちらは出店コーナーの様子。
販売コーナーでは、JA直売部・加工部は野菜や特産品、太田分校グリーンライフクラブは花・野菜の苗を販売し、雨模様にもかかわらず、開店時からお客さんが列を作りました。

飲食コーナーでは、太田一杯の味噌汁プロジェクトによる特製「豚汁」、中里温泉によるホットメニューの販売、肌寒い日に嬉しい熱々のメニューが並びました。
また、来場いただいた先着100名の方には、太田黄桜まつり限定の『黄桜大福』がプレゼントされました。
黄桜をイメージした薄黄色のふっくらお餅に、太田産小豆を使用したあんこをたっぷり包んだJA加工部特製の大福は、開始から約1時間程度で品切れとなりました。

黄桜並木の周辺では、満開になる直前の黄桜並木を一足先に散策されている方や、ツリークライミングや動物ふれあいコーナーで体験活動を楽しむ子どもたちの姿がありました。
天気がすぐれない中、ご来場いただいた皆さま、本当にありがとうございました。

黄桜が満開を迎えてから1週間。
ソメイヨシノに比べて花持ちが良いと言われている黄桜も、周りで育つ新緑に包まれながら、いよいよ見頃の最後を迎えようとしています。

黄桜の花は今週末ころまで楽しめそうですので、まだご覧いただいていない方は是非足をお運びいただき、黄桜並木の魅力をご堪能ください。

癒しのスポット

ゴールデンウィークが終わってしまいましたね。4月から張りつめていた気持ちがこの連休で緩み、そしてまた気合いを入れなおしてがんばろうという時期です。
そんな気持ちのリセットにふさわしい「癒しのスポット」を太田から紹介します。

太田交流の森(大台スキー場)のパノラマロードを登っていくと、仙北平野を見渡すことができます。新緑と春の田んぼが広がる風景が、すがすがしい!特におススメしたい「癒しのスポット」は山腹の中央に一本だけある梨の木を望む場所。今まさに花盛りです。

梨の木の上方から麓を望む

梨の木の下方から頂上を仰ぐ

梨の花のアップ

なんと、梨の木の花言葉は「慰め」「癒し」
梨の木の見えるこのスポットに癒しを感じたのも、ただの感性や偶然じゃなかったようです。しかも、この風景は秋田県薬剤師会のCMにも登場したことがあるんです。このロケーション、健康を考える薬剤師の皆さんの目に留まったことも「癒しのスポット」を名乗るのにふさわしいと自信を持ってしまいます。

この梨の木は標高400m付近にたった一本でたたずんでいます。なぜ、ここに一本だけ?と思い調べてみると、スキー場として整備される前、牧草地と林との境目にこの木があったようです。「ミチノクナシ」という品種で、自生か植えられたものかはわかりませんでした。木の下にはお宮があったそうですが、現在は別の場所に移されています。お宮を護るありがたい存在として、また地域の目印となってきたことから、林の木が伐採されてもこの梨の木だけは切られることなく、そのまま残され現在に至ります。
長く地域の目印となり、この地の安泰を見守ってきた梨の木というわけです。
花言葉の「慰め」にも縁を感じてしまいます。

梨の木の花言葉は「慰め」「癒し」ですが、梨の花言葉は「愛情」です。たくさんの大きな実をつけ、まるで感謝しお礼をしているような梨の姿にちなんでいると言われています。

山の中腹に優しくたたずみ、毎年白い花をいっぱい咲かせるこの梨の木。
5月の清々しい風を感じながら、仙北平野を望めるこのスポットに立つと、花言葉の「慰め」「癒し」「愛情」を人それぞれに感じていただけると思います。
連休明けのこの時期、いわゆる「5月病」の予防にも、太田おススメの「癒しのスポット」を訪れてみてはいかがでしょうか。

太田の運動会

4月29日、太田地域の3小学校で運動会が開催されました。
私が子どもだった昭和40年代から50年代にかけては、運動会は学校の春の運動会、7月に部落運動会、8月には全町運動会、そして秋には学校の親子運動会と年に4回ありました。
全町運動会は、昭和30年に長信田村と横沢村が合併して太田村となったときに、村民の融和と村の一体感を醸成することを目的に開かれたのが始まりでした。太田中学校グラウンドを会場に、太田地域の12の体育協会支部対抗の運動会で、小学生からお年寄りまで参加し、グラウンドの周りに各支部のテントが張られ、運動会に参加する人や観覧する人でいっぱいでした。
この全町運動会は、第49回まで続きましたが、諸般の事情で平成の合併前年を最後に終わりました。
部落運動会は、昭和40年代から50年代はほとんどの集落で開かれていました。
私の住む地域でも、4つの集落対抗で短距離競走や最強リレー等の本気を出して走る種目から、パン食い競争、縄ない競争、マッチを口にくわえゴム輪を渡すゴム輪リレー等のレクリエーション種目、そして運動会終了後は各集落ごとに分かれての酒飲み大会など集落全体が大いに盛り上がったものですが、開かれなくなり久しくなりました。
そして学校の運動会は、開会式で「朝焼け雲の色映えて~♪」で始まる県民の歌となぜか「若い力」を必ず歌いました。
かけっこが苦手な子は、あまり楽しくない学校行事でしたが、母手作りの料理がぎっしり詰まった重箱の昼ご飯や、運動会当日にもらう少ない小遣いで、グラウンドの端に並んだ出店で、何を買うか悩んだことも懐かしい思い出です。いろいろ迷ったすえに、私はくじ付きの甘納豆とハッカ?ニッキ?の味がする黒砂糖がぬられた貝殻を買った記憶があります。

さて今どきの運動会は、どんな様子かなと3小学校を回りました。

最初に太田東小学校へ。
東小学校は今回、第60回親子運動会でした。昨年、古稀を迎えた来賓のT市議は、「私が小学校5年生のときに始まった親子運動会だ」と感慨深そうに話していました。親子運動会は、昔は夏休み終了後に開催されていましたが、現在は春の運動会と統合して開かれています。
最初の競技種目は、応援合戦でした。赤、黄、緑と縦割り学年に3組に分かれ、我がチームこそ優勝を勝ち取るぞ!とばかりに歌とダンス、そしてエールは子どもたちの一生懸命さが伝わり、私も審査員の一人でしたがどの組も一番でした。

そして東小学校恒例の相撲。土俵の女人禁制もなんのその、女子相撲は男子以上に観覧者から歓声があがりました。

 

次に太田北小学校へ。
全校児童40名と大仙市で一番児童数の少ない小学校ですが、元気いっぱいの子ども達で40名が3倍くらいの人数に感じられました。

北小学校は、昔から学校区のたくさんの地域住民も参加するコミュニティ運動会となっています。飛び入りで地元駐在所のおまわりさんもパン食い競争に出場し、みごと1等!子どもたちから「スピード違反だ~」と言われていました(^^;)

 

最後に太田南小学校へ。
ちょうど午前の部が終了し、家族と一緒に昼ご飯を食べるために子どもたちが三々五々散らばったところに到着しました。

満開の桜の下で弁当を広げる風景は、スタジオジブリの絵職人をつとめた男鹿和雄さんの画集「秋田、遊びの風景」にある「運動会のお弁当」の絵を思い起こしました。
南小学校は男鹿さんの母校。画集の中で男鹿さんは「村や学校での年中行事が、大事な娯楽だった当時のことなので、お母さんたちもはりきって、お昼用の料理を作ってくれた。たいていの家で持ってくる定番は、おにぎりやおいないり、太巻き、ベッコウ(卵入りの寒天)などで、これは主に子供用。大人用のおかずや、酒のおつまみとしては、漬物のいぶりがっこや、わらび、せりなどのおひたし、それに、ふき、ぜんまい、たけのこ、きのこなどの煮つけがあった」と詳細なメニューまで書いています。どれも「そうだった!そうだった!」と思うものばかり。現在は・・・と弁当をちょいとのぞいてみましたが、ほとんどが「仕出し」これも時代の流れですね。見渡すと、昼からお酒を飲んでいるお父さんもいなく、また出店も観光地優先かババヘラアイスだけ。それでも、運動会びよりの青空のもと、野外で楽しく昼ご飯を食べる風景は今も昔も変わらずいいなぁ~と思いました。

時代は変わっても運動会は子どもたちにとって、もしかすると子どもたち以上に大人が楽しんでいるようでした。昔は足の速い子がヒーローでしたが、今は速さを競う以外にも、一生懸命に走ることでみんながヒーローになれる、そんな運動会の良さを感じました。
昔は4回あった運動会は、今は年に1度の小学校の運動会だけとなってしまいましたが、回数が減ったからこそ、より一層地域みんなで楽しめる貴重なイベントとなりつつあるように思います。太田の運動会の風景に、学校行事だけでない、そしてスポーツ行事だけでない、守り伝えていく風景・風習・想いをたくさん感じたひとときでした。

おおたはなだより №18

花咲く春です。花のまち太田でも、特にいろどりのよい季節になりました。
太田の花を今回は「お花見しりとり」で紹介します。

しりとりのスタートは、この時期ですからやっぱり
「サクラ」
中学校前・横沢公園、ただ今見頃です。

「サクラ」→「ラナンキュラス」
太田支所内窓口に飾っています。太田の農業研修施設から寄贈していただきました。旬の綺麗な花をありがとうございます。
「ラナンキュラス」→「スイセン」
太田と言えば、水仙ですよね。横沢公園も次々と咲いています。

「スイセン」→「ン・・・」終わってしまうには、まだ早いので、奥の手「んだッチ」
秋田県のキャラクターでしりとりを復活させ・・・

「んだっち」→「チューリップ」
彩りの良さとかわいらしさが抜群のチューリップ。のびのび園で園児の皆さんのようにかわいらしく並んだチューリップをパチリしてきました。
「チューリップ」→ちょっとおまけして「フ」でもオッケーにしてもらい「フリージア」
太田産が見つけられませんでしたが、日本名で「浅黄水仙」、香りの強いスイセンです。

「フリージア」→「アジサイ」
今年はまだ咲いていませんでしたが、横沢公園で昨年パチリとしたアジサイを紹介します。

「アジサイ」→「イチゴ」
太田産「イチゴ」の花。アグリフォーにお邪魔した時のショットです。

「イチゴ」→「ゴ・・・」そろそろ「ゴール」にさせてください(笑)

しりとりにつながらなかったのですが、今年の太田の一押しは「カタクリ」です。例年になく、たくさん咲いています。大台スキー場のパノラマロードを登っていくと、あちらこちらに紫の可憐な花を見ることができます。

冬になるとアクティブなスポーツスポットとなる斜面が、春になると可憐な花が咲き誇るゲレンデになるなんて、大台スキー場もなかなか深みのある大事な地域資源と言えます。この景観も、花も大事な地域資源です。

この春、皆さんにもいろんなお花見を楽しんでいただきたいですが、その際にはくれぐれも、花を摘み取ることはやめてくださいね。
「春を愛する人は、心清き人」マナーを守って、楽しいお花見をお楽しみください。よかったらしりとりをしながらでも(笑)

乳幼児健診 1歳半の天使たち☆

春らしく気温があがってきたこの頃、心の温度もホカっとあがるような話題をと思い、あかちゃんの写真を撮りに行こうと思いたち、乳幼児健診にお邪魔してきました。
大仙市では乳幼児健診を大曲、西部、東部の3地域ごとに行っています。太田地域は、中仙・仙北と一緒に仙北保健センターでの健診となります。保健センターで実施する乳幼児健診は、4か月児健診、7か月児健診、1歳6か月児健診、2歳6か月児歯科健診、3歳児健診です。
今回は東部地域で30年度の初回となる健診、4月19日実施の1歳6か月児健診にお邪魔してきました。対象者は平成28年9月・10月生まれのあんよが上手になったけど、まだまだあかちゃんな1歳半の皆さんです。大人のお話はちゃんとわかるし、バイバイやタッチが得意、絵本をめくるのも上手ですが、まだまだオムツでおしりがもこもこなかわいいお年頃です。今回は16人の対象者が健診を受けていました。健診は受付の後、身長・体重の測定→保健師さんによる問診→オリエンテーション→歯科診察→内科診察→歯科指導→栄養指導→事後指導と盛りだくさんの内容で行われます。

歯科診察の前に歯科衛生士さんから虫歯予防のお話がありました。虫歯は生活習慣病だそうです。虫歯予防のためには、甘い飲み物の与え方には注意が必要とのこと。お家の方が真剣な表情で聞いているのが印象的でした。

その後、歯医者さんによる歯科診察やお医者さんによる内科診察が始まりました。診察室に入っていくたびかわいい泣き声が聞こえますが、泣き声さえもかわいい!我が子の健診の時は、「もう泣き止んでよ~」と思ったはずですが、「こわいよね、なんてかわいいんだろう。泣くのも怖さがわかる成長の証。いい声で泣いてるなぁ」なんて嬉しささえ感じてしまいます。診察を待つ間の、思い思いの遊びやお家の方とのスキンシップの様子を写真に撮らせてもらいました。泣いてもかわいいけど、やっぱり笑顔がかわいい♪お家の方の大きなバックには、いざという時お守りになる、お気に入りのぬいぐるみやおもちゃがつまっています。健診は午後、いつもならお昼寝の時間ですから、グズらないように、バックには愛情をいっぱいつめて来たのだと思います。
すばらしいことに、パパが一人でお子さんを連れて健診に来ている方が2人いました。感心してしまいます。お話を伺うと、2人ともママに用事があったりお仕事が休めなくて来ましたということ。普段から育児にマメなパパなことが予想されます。「普段からイクメンパパですね?慣れてて、お子さんも安心そうですね」と言うと、「育児は人並ですよ」と謙遜されます。イマドキのパパは、育児参加は特別なことでなく当然だと思っているように思います。ママも安心してパパに託せる時代ですね。

保健師さんの問診・事後指導は、お家の方にとってはとても大事な時間です。保健師さんに「どんな相談が多いですか?」と聞いてみると、「みなさんそれぞれに、いろんなことを聞いてくださいますよ」とのこと。保健師さんに気をつけていることを聞いてみると「子育てにいろんな心配があるでしょうから混乱しないように、お母さん達が求めていること・気持ちを聞いてから、一方的に指導することのないよう気を付けています」と教えてくださいました。どんなに泣いたりグズッたりしているお子さんも、保健師さんとお家の方のお話が始まると何だか静かになります。きっと保健師さんのお家の方との寄り添った会話の中に、魔法の言葉やテクニックがあるんだと思います。そして大人が安心できれば子どもにも安心が伝わるんじゃないかなと思いました。

栄養士さんの栄養指導、歯科衛生士さんの歯磨き指導もお家の方にとっては、頼もしい時間のようでした。

自分が経験した数年前の健診では、必死すぎて気づかなかった専門家のいろんな優しさとテクニックに気づくことができました。そして何よりあかちゃんにとっての一番の栄養は、お家の方とのスキンシップだということを強く感じました。

1歳半の小さなモデルさん達は、眠い時間にもかかわらずカメラを向けるといい顔をしてくれました♪健診とってもがんばりましたね。
そして撮影をご快諾してくださったご家族の皆さんも大変ありがとうございました。
貴重な地域の宝、大仙のあかちゃんを地域で大事に見守っていきたいですね。

30年度 スタートの風景

30年度が始まりました。皆さんはどんなスタートを切りましたか?太田の30年度のスタートの風景を紹介します。

消防団のスタート4月1日、太田支所構内で駆けつけ訓練を実施しました。除雪作業で高く積み上がった雪山に向かって放水訓練。防災意識の高い太田地域にふさわしく、消防団員の皆さんの活動で今年度がスタートしました。

 

農作業のスタート

川口の福原さん宅では、春作業のトップをきり、そら豆の定植が行われていました。ほ場に広がる長い畝に、きれいに並んだそら豆の苗がスタートラインに並んだ様に見えます。

 

一年生のスタート

太田地域の3小学校、中学校でも新入生を迎える入学式が行われました。本人にも保護者にとっても新しい生活のスタートです。今年の太田地域の一年生は太田東小学校15名、太田南小学校13名、太田北小学校8名、太田中学校44名です。

 

新社会人のスタート

大仙市役所の新規採用職員・藤本若樹さん。太田公民館に配属となり、新社会人のスタートを切りました。支所管内に新規採用職員が配属されるのは、合併後初です。大仙市となってからは、新規採用職員は市役所本庁勤務からスタートでしたが、今年度は数名の職員が支所管内配属となっています。藤本さんは、地元太田の出身。太田地域の期待の新人さんを、支所内の新しくない職員も一丸となり大事に支えたいなと気持ちを新たにしています。地域の皆さんもどうか、温かいご支援をよろしくお願いしますね。

 

開花のスタート

花のまち太田の春を告げる水仙。そろそろ開花していないかなと偵察に向かった4月11日。日当たりが良くコンクリートの熱が伝わりやすいところで見つけました。春色の始まりですね。土手ではキクザキイチリンソウがフキノトウと競いながら開花していました。さらに車を走らせると、水仙ロードの始まりも見つけちゃいました。太田の春と言えば、これですね。
様々な春のスタートから、希望と期待、そして「私もがんばろう!」という勇気までももらった気がします。
皆さんにはもう記憶のかなたでしょうが、平成19年の秋田わか杉国体のスローガン「君のハートよ位置につけ」というフレーズを思いだし、私もスタートラインに立ってがんばろうと思っています。
皆さんも良いスタートが切れますように☆

雪どけの定点観察

4月に入りました。

多くの積雪に見舞われたこの冬、雪どけも例年より遅いのではと思っていましたが、ここ数日にわたって続いている春の陽気が勢いよく残雪をとかし、それまで白く覆われていた地面が一気にその姿を現してきました。

太田の大地が次第に春へと向かう様子を観察してみようと思い、3月中旬から定点観察をしてきました。残雪の消えゆく様子をお届けします。
定点観察に使ったのは、太田支所から徒歩1分、太田医療エリア東側の一画から大台スキー場を望めるスポットです。

・3月16日
この時点での積雪深は69cm(太田支所観測)。
地面はまだ雪に覆われた状態です。
彼方に見える大台スキー場は3月11日に今シーズンの営業を終了したばかりで、ゲレンデに残る雪がくっきりと、まだその存在感を強調していました。

・3月20日〜26日
次第に雪の厚みがなくなってきているのが伺えます。

・3月28日
前日まで続いた好天のおかげで雪どけが進み、一面の雪原だった場所に、ほ場の畔が線を作っていました。

・3月30日、手前にはまだ雪が残るものの、奥の方では一足早く地面がお目見えです。
大台スキー場の雪も、薄くなってきているのが見て取れます。

・4月2日
手前に名残惜しげな残雪を残すのみとなりました。

そして4月5日、ついに雪どけ。
地面にうっすらと芽吹き始めた新しい緑が、春のスタートを告げている様子が伺えました。

観察を終えた帰り道、ふと沿道に目をやると、それまで冷たい雪に閉じ込められていたであろうスイセン達も、ぐんぐんその芽を伸ばしていました。

この冬が厳しかったぶん、春の訪れがいっそう喜ばしく感じられるこの頃。
3月中旬から4月、分厚い雪がとけていく様子を、新生活への変化と重ね、春への準備にパワーをもらった気がします。

道端で見つけた新しい春の息吹・芽吹きを見て、これから訪れる新緑の季節にも想いを馳せながら、徒歩1分の帰り道を後に支所へと戻った私でした。

太田の星☆ 第2弾! 髙橋凜湖さん

スポーツで活躍する太田の若者を紹介する「太田の星☆」
昨年に引き続き、待望の第2弾です!

大台スキー場をホームゲレンデとして、全国そして世界の舞台へ羽ばたこうとしている選手がいます。
髙橋凜湖(りこ)さん、太田町国見出身の15歳です。
凜湖さんは、この3月に太田中学校を卒業したばかり。
アルペンスキーのGS(ジャイアントスラローム)種目を中心に、全県大会や全国規模の大会へ出場し、輝かしい成績を残されています。

~最近の成績~
『第66回秋田県中学校総合体育大会』
平成30年1月12日 スキーアルペン競技 GS第1位
『第69回秋田県民体育大会冬季大会スキー競技』
平成30年1月20日 アルペン競技 少年女子第2位
『2018秋田わか杉たざわ湖GS大会』
平成30年1月22日 B級女子の部 第1位
『全日本ジュニアスキー選手権大会』
平成30年2月17日 女子スーパーGS 優勝  など

現在、注目の若手選手ということで、この度ご本人にお話を伺ってくることができました。

インタビューに向かったのは、卒業式を翌日に控えた太田中学校。
卒業式後も、大会出場のため県外へ向かわれるとのことです。
お忙しいスケジュールの中にもかかわらず、インタビューにお時間を割いていただくことができました。

さっそくインタビューに入ります。
まずはスキーを始めたきっかけと、その魅力から聞いてみました。

―― 凜湖さんとスキーの出会いはいつですか?
「幼稚園の頃です。太田ジュニアレーシングという地元チームに入っていた5歳年上の姉に影響されて始めたのがきっかけでした。最初は遊び感覚で参加していましたが、だんだん面白くなってきて、今に至ります」

―― 凜湖さんにとってスキーの一番の魅力は何ですか?
「滑る時は個人競技だけれど、自分一人では成り立たないスポーツです。所属チームをはじめ、県内外の多くの仲間と繋がり、その中で競い合いながら技術を向上させていけることが今一番の魅力です」

―― 中学時代、たくさんの試合に出場されたことと思います。
その中で最も印象に残る大会と、思い出などありましたら教えて欲しいです。
「昨年の冬、まだ2年生だったころに出場した初の全国大会が思い出に残っています。その時はまだ、自分が全国で戦える選手だと思っていなくて、始めから挑戦しようという気持ちで臨んだ大会でしたが、1本目の滑走で入賞枠の10位に入ることができました。
2本目で1つ順位を落とし、11位で入賞を逃してしまい、自分の力が全国でも通用するということに気付いた大会でもあり、あと少しの所で入賞のチャンスを逃した悔しさを残した大会でもあります」
――2年生の時点で既に全国大会に出場されているのもすごいですが、それまで自覚していなかった自分の資質に気付いたという貴重な瞬間を経験されたんですね。
ちなみに、凜湖さんの出場している『アルペン』という競技は、全国中学校スキー大会事務局の解説によると、『山の斜面に旗を立て,その間を滑り抜けながら速さを競う競技』で、スラローム(回転)と、それに滑走が加わったジャイアントスラローム(大回転)があります。
どちらもセットの違うコースを2本滑りその合計タイムにより順位が決定されることから、『標高差や斜度を考慮したコースを、競技者が巧みな技術と正確なターンをもって、スタートからフィニッシュラインまで、全旗間を通りながら最高のスピードで滑りきる』技術が求められる競技なのだそうです。
滑走時のスピードは、時速100km近くになることもあるのだとか。
―― ジャイアントスラロームは、スピードと正確さが求められる競技だと思いますが、滑っている間、もしくは滑る前に心掛けていることはありますか?
「滑っている最中は、『無心』になります。無理に緊張しないで、練習どおりの滑りをしようと心掛けています。また、日々の練習には大会のような気持ちでとりくむことで、本番にいい調子をもっていけるよう心掛けています」

―― 『練習は大会のように、本番は練習のとおり』ということですね。
素朴な疑問ですが、スキーを履けない夏場はどのような練習をされているんですか?
「学校の部活動に所属しているので、夏は部活動でチームの練習や高校の練習に混ぜてもらいながら、トレーニングなどを通じて体作りをしています。また、平成29年の夏は海外遠征があって、県の強化メンバー10名でフランスに行きました。フランスでは標高が高い山地の残雪でスキーを履いて練習をしていました」

――海外にも行かれたんですね。遠征や大会出場等でお忙しい一年だったと思いますが、学校の授業や勉強についていくのはやはり大変でしたよね。
「はい、勉強が遅れて大変でした。でも、周りの友達から遅れた部分のノートを見せてもらったり、分からないところを教えてもらったりしながら、なんとか授業に追いついてくることができました」

―― 学校生活でも、いい友達に恵まれてよかったですね。
そしてこの4月から角館高校にご進学とのこと、おめでとうございます。
最後に、高校に向けての抱負などお聞かせいただけますか?
「高校に入ると、また学年が一番下になるので、先輩に負けないように夏のトレーニングから力を入れて頑張りたいです。今回の国体出場で、今まで勝てなかった高校生の先輩たちにも勝てるようになってきたのが自信になりました。こうした技術面ではもちろん、合わせてメンタルも鍛えていけるよう頑張っていきたいです」
終始口調は穏やかに、少し控えめな感じでお答えいただいた凜湖さんでしたが、スキーの話となると静かながらも熱く語り始める姿が印象的でした。

この冬、韓国で開催された平昌冬季オリンピック。
相次ぐ日本選手のメダル獲得に、日本全国が湧きたちました。

目覚ましい成績を残されている凜湖さん。
近い将来、あのオリンピックの舞台に立っているかもしれません。
今後も凜湖さんのご活躍に注目です!!

LOOK UP!

大仙市で作成した観光PR動画「LOOK UP!」をみなさんご覧になりましたか?市の観光交流課では、外国人観光客の誘客を狙いとして、観光PR動画の制作に取り組みました。
まだご覧になっていない方は、こちらからぜひご覧ください。
↓↓↓

「LOOK UP!」という言葉に想いも乗せて、花火と音楽と田園風景がマッチングしたセンスの良い動画となっています。

「LOOK UP!」・・・見上げてごらん・・・前向きなフレーズですよね。
花火だけじゃありません。たまには、顔をあげて空を見渡たしてみましょうよ。
気持ちを上向きにしてくれる風景が見えるかもしれません。
私が空を見上げて出合った太田の風景に、こんなシーンがありました。

3月3日 月夜の下の大台スキー場

 

3月27日 夕日がさす駒場の農道

進学・転勤により、新しい春を迎えるみなさんには、この時期は期待より不安が大きいかもしれません。
でもうつむくよりLOOK UP!太陽も月も優しい光でみんなを照らしていますよ。
顔をあげれば、気持ちもあがります!
まずは LOOK UP!

「地域の安全は自分たちで守る」地域防災マップ作成勉強会

3月9日、太田文化プラザで太田地域南部コミュニティ委員会による地域防災マップ作成勉強会が開催されました。
この勉強会は、太田地域の三本扇・横沢・大町・中里・駒場の5地区で組織される太田地域南部コミュニティ委員会が主催し、昨年に続き2回目の開催となります。
当日は、南部コミュニティ委員会の安全・安心生活部会から28名が参加し、地域防災マップの作成について学びました。

『地域防災マップ』とは、暮らしの身近にある指定避難所・災害時に役立つ防災資源(防火水槽、消火栓など)・災害時の要支援者・危険箇所といった、避難行動をとるために必要な情報を、そこに住む皆さんが主体となって地図上に記載し作成したものです。

勉強会の講師は、大仙市役所総合防災課の郡山茂樹 防災危機管理監です。
まずは「平成29年度の豪雨災害と太田地域の防災対策」について講演がありました。
講演の中では、昨年7月に当市を襲った大雨や洪水による被害の状況、また今冬の大雪による被害の状況などがスクリーンを通して伝えられるとともに、発生から7年目となる『3.11東日本大震災』についても触れ、災害の経験を風化させぬよう日常的に防災意識を持つことと、備えを万全にしておくことの必要性が強く述べられました。

その後は、地区ごとに地域防災マップの作成に移ります。
長机2枚のスペースいっぱいに広げた白地図を囲み、危険箇所や避難場所、災害時に役立つ防災資源について意見を出し合いながら付箋やシール、色ペン等でマークしてきます。
そして、整理した情報をもとに、地区の災害特性を分析し、避難経路や、災害時の支援・協力体制について話し合います。
約1時間の作業で、地域の現状と防災対策について分析を進めることができました。
今回作成されたマップは各地区で持ち帰り、地区内で更に情報を精査した後、縮小版を各戸に配布するなどして、住民間での情報共有に活用されるのだそうです。

安全安心生活部会長の長澤仁十郎さんは、この勉強会について「こうして一枚の地図を囲んで、自分たちの地区の状況について話し合うのはとても良い機会。昨年もこの勉強会に参加したが、今回また新たな発見があった。地域の状況は常に変わるものなので、今回学んだことを活かしながら情報の更新に努めていきたい」と参加した感想を述べていました。

地域に住む皆さんの声で作られている『地域防災マップ』。
そこに完成はなく、変化する地域の実状や災害の状況を考慮し、日頃から情報を更新していくことで、地域の防災対策をより強靭なものにしていくことができる、生きた情報源の一つと言えます。
また、マップを作成していく過程は、そこに住む皆さんが課題を共有しながら『住みよい地域』を作っていくことにも繋がります。

熱く意見を交わしながらマップの作成を進める皆さんの姿に「地域の安全・安心は自分たちで守っていこう」という強い想いを感じた時間でした。

ローズメイの『オレンジスライスジャム』 製造中!

太田地域の北開工業団地の一角に構える「ローズメイ」の秋田工場。
ローズメイは、「自然・安心・美味しい」を基本コンセプトに、薔薇とミツバチ生産品を中心とした商品づくりをしています。
昨年4月には角館駅前にファクトリーショップを開設したことをうけ、当ブログでも取り上げさせていただきました。
http://www.city.daisen.akita.jp/daisen/blog/2017/06/21/%E5%A4%AA%E7%94%B0%E3%81%AE%E3%80%8E%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%80%8F%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%B0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%BE%E3%81%99%EF%BC%81/

ローズメイの看板商品と言えば「オレンジスライスジャム」。
ファクトリーショップでも、ソフトクリームの上にオレンジスライスジャムを乗せたプレミアムオレンジスライスソフトが一番人気でした。

ファクトリーショップの取材時から、作るところをぜひぜひ取材したいと思っていましたが、ついに実現しました!

現在、ローズメイ秋田工場では、オレンジスライスジャムの製造と出荷作業が最盛期を迎えています。
「オレンジスライスジャム」は、完熟した国産ネーブルオレンジのスライスを純粋アカシヤはちみつと果糖で煮込み、一枚一枚を丁寧に瓶詰めした安心手作りジャムで、これまでTVや雑誌などでもたびたび取り上げられるとともに、ネットの口コミでも上位にランクインしている商品です。
『旬の国産ネーブルオレンジを新鮮な状態で使用する』というこだわりのもと、国産オレンジが旬を迎える1月から4月までの期間限定製造、数量限定での販売となっており、贈答品にと買い求める方が多くいるのだそうです。

初めて入ったローズメイ秋田工場。
玄関先からすでにオレンジの香りに包まれています。

EC事業部の高橋さんは、「今はオレンジの香りですが、時期によって製造している商品が変わるので、この香りがリンゴやバラになったりもするんですよ」と笑顔で迎えてくれました。

白衣に着替え、さっそく工場の内部にお邪魔します。
まず、こちらは倉庫の様子。
色鮮やかなネーブルオレンジの箱が山積みになっています。
「自然・安心・美味しい」が基本コンセプトのローズメイ。
オレンジスライスジャムは、原材料のネーブルオレンジを皮ごと使用した製品であるため、国産のものにこだわっています。
また、ネーブルオレンジの産地である同じ瀬戸内地方でも、県によって微妙に旬が異なるそうで、広島県や和歌山県など、まさに旬を迎えた産地から順に取り寄せたフレッシュなオレンジを使用しているそうです。

そして、こちらはネーブルオレンジを加工している様子。
一つ一つを手作業で丁寧に洗浄し、ナイフで表面をきれいに整えたら、スライサーで均一な幅にスライスしていきます。
ネーブルオレンジは他の品種に比べて種が少ないことから、スライスすると果肉びっしりの美しい断面を見ることができます。
こうしてスライスしたものを大鍋に移し、蜂蜜・果糖(フルーツシュガー)・レモン汁で煮込んでいきます。
この時、皮は誰でもかみ切れるように固すぎず、また煮込み過ぎると果肉が崩れてしまうため柔らかすぎず、といった適度な煮込み加減が重要になってきます。
煮込みに蜂蜜と果糖(フルーツシュガー)を使うことで、しっとりとした甘さに仕上がるそうで、保存料や酸味料、ペクチンなどの添加物は使用せず、果実の美味しさを最大限に生かす工夫がここにも見られます。

鍋の中で柔らかくなったオレンジスライスは、形を崩さないよう一枚一枚、箸で掬われ、丁寧に瓶の中に重ねられていきます。
瓶の口元ぎりぎりまで10~11枚くらい重ねたら、シロップをたっぷり注ぎ、蓋をします。
オレンジの美味しさがまるごと入ったオレンジスライスジャムの完成です。
今期の製造個数は、およそ5万8千個。
昨年、ファクトリーショップがオープンしたことに伴い、従来の5万個から8千個近く増産することとしています。

工場ではこの時期、正規従業員に加えて地元農家の方々を季節雇用し、増員体制で一日あたり600個近いオレンジスライスジャムを製造しています。
それでもなお、予約から納品まで1カ月待ちの状況が続いているとのことです。

「毎年販売時期が近くなると、以前購入していただいたお客さんから、『今年はいつから?』という問い合わせをいただくことも多いんです」と高橋さん。「お客様には納品まで大変お待たせして申し訳ないと思う反面、それでも商品が届くのを待っていてくれる方がいるのはありがたいことです」と続けます。

また、製造部 仕入購買課長の成澤さんは、
「当社では、オレンジや蜂蜜といった自然からいただいた恵みをお客様へ『お福分け』したい、という思いで製品を作っています。このオレンジスライスジャムは、他のジャムに比べて少し高めのものなので、大切な人へのプチギフトはもちろん、ジャムを囲んでご家族との団らんを楽しんでいただけたら嬉しいです。また、自然から人へ、そして人から人への『お福分け』がつながって、もらった人をはじめ、周りの人も幸せな気持ちになれるような商品づくりを続けていきたいです」と、商品づくりにかける想いを述べていました。
今回取材をさせていただいて、オレンジスライスジャムが作られる裏側、そして製造にかける想いを聞いてくることができました。
一つの瓶の中に、オレンジスライスだけでなく、作った人の想いが幾重にも重なっている商品であるような気がします。
また一つ、ローズメイの魅力に迫ることができた時間でした。

3月から4月といえば、何かと贈り物をする機会が多いこの時期。
今まさに何を贈ろうか迷っている方もいるのではと思います。
少し特別なこのオレンジスライスジャムで、大切なその想いも『お福分け』してみてはいかがでしょうか。

大台スキー場『毎日ナイター』営業中! お仕事終わりにひと滑りはいかがですか?

暦もいよいよ3月に突入し、さっそく春の嵐が到来しています。
しかし周りの景色を見渡すとまだまだ雪深く、思い描く春には遠いかなといった感じです。

さて、そのような中、大台スキー場の営業日も残りわずかとなってまいりました。
今年は3月11日(日)までの営業となります。
今季は、久々に12月のスキー場開きと同時に営業を開始し、2月末日時点でのべ2万人以上の方々からお越しいただきました。
シーズンオフを前に、大台スキー場では2月15日(木)から毎日ナイター営業を行っています。

期間内の営業時間は、
平日 12:00~21:00 / 土・日 9:00~21:00
(※いずれも16:00~17:00はゲレンデ整備のため休止)

となっております。
この冬まだまだ滑り足りない方、お仕事終わりにひと滑りしたいという方も、ぜひ大台スキー場に足をお運びください。

つい先日、私も仕事帰りに足を運んでみました。
到着した時点ではまだ早い時間帯ということもあってか、来場者はまだ十数名といったところ。
ゲレンデを彩る美しいナイターの光が私を迎えてくれました。
大台スキー場のナイターは、七色のライトに照らされた県内きってのロングコースを楽しめることはもちろん、天気が良ければ冬の澄んだ空気の彼方に浮かぶ美しい夜景を楽しめることも魅力の一つです。
七色の光が彩るゲレンデは、リフト乗車中も私たちを楽しませてくれます。

もう少しで降り場へ到着・・・というところで、それまで晴れていた天気が急変。
自称『くもりオトコ』の私ですが、残念ながら雪が降ってきてしまいました。

今回はご紹介できませんでしたが、晴れた日にはコースの上から美しい夜景を望むことができます。
休日に来て思いっきり滑るのもいいですが、仕事を終えての一滑りもまた気持ちの良いものでした。
私が帰る頃には来場者も増え、同じく仕事帰りかなと思われる方もちらほら。

大台スキー場は「いちばんちかくのスノーリゾート」として、こうしてすぐ足を運べる気軽さがいいですね!
皆さんもぜひ、毎日ナイターをご利用ください♪

「おおた花の会」が受賞 「元気なふるさと秋田づくり」顕彰事業

2月26日(月)、仙北地域振興局で「元気なふるさと秋田づくり」顕彰事業表彰式が行われました。
「元気なふるさと秋田づくり」顕彰事業は、秋田県が地域づくり活動の活性化を図ることを目的とし、自立的・主体的な活動を行っている団体・個人を表彰する事業です。平成19年度から実施されており、これまで55団体・2個人が表彰を受けています。今年度は6団体・1個人が受賞し、そのうち太田地域では「おおた花の会」が栄えある受賞となりました。

「おおた花の会」は、平成9年に花づくりの経験者が集まり発足した会です。もともと「花いっぱい運動」の盛んな太田地域ですが、花づくりへの意欲が高い経験豊かなベテランさん達が集まり「おおた花の会」を結成したため、その実行力と信頼関係で地域の「花いっぱい運動」をけん引する役割を果たしてきました。集落・老人クラブ・各事業所・学校などと地域や世代を越えた交流を図り、住民との深い信頼関係を築き活動されています。また、太田を訪れる方を、いっぱいの花でおもてなししたいという想いから、花だんフェアの運営や、水仙ロードの拡大活動に取り組んでいます。
表彰式には会員3名が出席され、大信田祐子副会長は活動の内容を紹介しながら「水仙ロードは太田の道しるべとなっている。太田へようこそという想いを表している」とスピーチしました。また「会員が長年手をつなぎ団結してきたことが評価されたと思っている。この表彰に恥じないよう、会員の団結をさらによくしていきたい」と決意を述べてくれました。
大仙市では「おおた花の会」のほか、「大仙民話の会(大曲地域)」「払田柵真会(仙北地域)」「佐藤誠さん(協和地域)」が表彰を受けています。

「元気なふるさと秋田づくり」顕彰事業での受賞は、どの団体にとってもこれからの活動の励みになっているようです。どの団体のスピーチも、活動の素晴らしさと意欲の高さ、そしてふるさとを想う強い気持ちが感じられるものでした。それぞれ、花づくり・民話や方言・払田柵跡や払田真山・協和音頭と菜の花畑と、地域資源の切り口は様々です。地域づくりの活性化と言えば何だか身構えてしまいますが、自分の住む地域にある伝えたいそして守りたい資源に気づき、自分流に活動することが元気な地域づくりにつながっていると改めて気づかされました。
受賞された皆さん、おめでとうございました。これからの活動にも注目していきます!ますますのご活躍を期待しています。

モニターツアーの皆さんを迎えて 冬のだいせん観光ツアー

大仙市では、だいせん観光ツアー事業に取り組んでいます。
これは1年を通して大仙市に人を呼び込むことを目的に、四季折々の花火と体験・観光を組み合わせながら、地域住民との触れ合いを重視した体験型のモニターツアーを招致するものです。

今回、2月3日~4日の日程で実施した、今年度最後のモニターツアー『雪国の小正月行事と味覚の旅in秋田県大仙市』では、仙台圏を中心とした16名の参加者が太田地域を訪れ、『太田の火まつり』や『おやきづくり体験』を通じて郷土の伝統や文化に触れました。

太田の火まつりは、雪中田植えや紙風船上げ、天筆焼きなど地域の小正月行事を一堂に行い、その継承を目的として開催され、37回目の開催となりました。
毎年、開催に向け太田地域の各集落や学校などでは天筆への筆入れや紙風船作りなど、早くから準備が進められ、当日も多くの人たちが協力して開催される、地域住民を巻き込んだ参加型のイベントとして定着してきています。
モニターツアーの皆さんにぜひ伝えたい『雪国の小正月行事』といえる行事です。

それでは、太田地域を中心に実施されたツアーの様子をご紹介します。

ツアー初日、貸切バスで仙台駅を午前9時に出発した一行は、雪道をおよそ4時間かけて大曲に到着。
昼食に、きりたんぽ鍋で秋田の味を楽しみ、午後は仙北地域で開催された『払田の柵冬まつり』へ参加し、ミニかまくらづくりと幻想的な『蝦夷(かい)ほたる』を楽しみました。

その後は、宿泊先の奥羽山荘へと移動し、隣接する西側広場で開催された『太田の火まつり』に参加。
ここでは、ツアーの皆さんに天筆への筆入れと紙風船上げを体験しました。

時計が午後6時を回ったころ、奥羽山荘に到着した一行は夕食を済ませ、会場へ向かう前に皆さんで天筆への筆入れを行いました。

5色の短冊をつなげて作られた天筆に「健康第一」や「家内安全」、さらには「世界平和」など思い思いの願い事を書き入れたら、それを持っていよいよ火まつりに参加です。
まず、会場では地域の方々と一緒に紙風船上げを体験しました。

最初はタイミングを合わせるのが難しかったようですが、「上げる直前に風船を少し回すのがポイントだよ」など、周りの人たちからアドバイスをもらいながら次第にコツをつかんできた皆さん。
何回かこなすうちに、『まっすぐ、綺麗に』紙風船を上げられるようになりました。
当日上げた紙風船の中には、このモニターツアーの皆さんに向けたものもあり、紙風船を通じて太田地域の皆さんとの一体感を味わえた瞬間となりました。

火まつりの最後には、高さ8メートルにもなるかまくらに火をつけ、大迫力の天筆焼きが行われ、ツアーの皆さんが筆入れした天筆も一緒に焚き上げられました。
かまくらの炎によって天筆の札が天高く舞いあがると願い事が成就すると言われています。
皆さんは、自分たちの書いた天筆が焚き上げられる様子を静かに見守っていました。

奥羽山荘に宿泊し、2日目は火まつりの会場近くにある和風コテージもみじ庵で、昔ながらの郷土のおやつ『おやき』づくりを体験しました。
秋田県南部でおやきと言えば、餅で作った生地にたっぷりのあんこを包んだ焼き餅のことを言います。地域の農家の皆さんが先生になって、あんこのつつみ方や焼き方などを説明します。
中には生地が厚くなかなか焼き上がらなかったものや、アン○ンマンを模したものなどいろいろなおやきが作られました。
作り終わった後は、農家の皆さんから差し入れがあった甘酒や漬物などを囲んで、団らんの時間。
地域の皆さんが秋田弁を交えて話す熊や山菜の話は、都会に暮らしている皆さんにとって新鮮なものであったに違いありません。

こうして、太田地域への滞在を終えた一行は太田地域を後にし、中仙地域の見学を経て帰路につきました。

大仙市の魅力を発掘することを目的として実施している、このモニターツアー。
地域の魅力とは、目で見てわかるものだけでなく、地元の人たちと交流して初めて感じることができる『人の温もり』や、『地域愛』などもその一つであると思います。

1泊2日という短い日程ではありましたが、伝統行事や食を通じて冬の大仙市の魅力に触れていただくことができました。
太田地域では、地域の人たちの温かい人柄や、伝統行事の継承に汗を流す人たちの思いも感じ取ってもらえたのではないでしょうか。
こうした目に見えない魅力も、モニターしてもらえたら嬉しいなと思います。

大仙市、そしてここ太田地域には、四季折々の魅力がまだまだいっぱいです!
是非また、遊びに来て下さいね!!

明日はきっといい日になる

太田町国見、2月22日17:45の夕暮れ。♪明日はきっといい日になる~♪と思わず口ずさんでしまった風景。鳥海山のシルエットが明るい明日を思わせるピンク色の空に浮かんでいました。ずっと会いたかったんです、鳥海山。お天気が良い日は、必ずチェックする鳥海山の様子、22日は青空がのぞいた日でしたが、日中は雲が多くその姿を見ることはできずにいました。「木曜日って疲れがたまってくるんだよな~」などと思いながら帰路についた私に、♪明日はきっといい日になる~♪と思わせた風景、みなさんにもおすそわけしたいとおもいブログに載せちゃいました。
疲れたり、悲しかったり、ふんばりがきかない時、背中を押してくれるものが一人ひとりにあると思います。わたしにとっては、鳥海山もその中の一つです。秀麗無比なる鳥海山、道路脇にそびえる雪壁そして例年より深い雪原の向こうに見える誇り気高き鳥海山、明るい明日を思わせるたたずまいにパワーをもらいました。
♪明日はきっといい日になる~♪秋田県出身の高橋優さんのこの歌の歌詞の中に、「どの出来事も君を彩る 絵の具になる 絵の具になるでしょう」とあります。
待ち遠しい春の前に立ちはだかる、雪・受験・別れ、困難なことも君を彩る絵の具になるはず。いい明日、いい春を信じて、今日もふんばっていきましょう!

2月18日は「田ノ尻の火まつり」

2月3日(土)に太田地域の奥羽山荘西側広場で開催された第37回太田の火まつり。
地域の小正月行事が一堂に行われ、会場は多くの人でにぎわいました。

毎年、小正月行事の一つ、雪中田植え行事を披露してくれているのは田ノ尻集落の皆さん。

田ノ尻集落は、集落独自の伝統行事として「田ノ尻の火まつり」を行っています。

今年の「田ノ尻の火まつり」は2月18日(日)の開催、昔から伝わる雪中田植えや紙風船上げ、天筆焼きが行われます。
2月3日の「太田の火まつり」に行けなかった方でも、18日(日)田ノ尻集落の生活改善センターへ立ち寄ると、太田地域に伝わる小正月行事を感じていただけると思います。

田ノ尻集落の活動を、時を少し遡り、紹介したいと思います。
太田の火まつりを1週間前に控えたころ。
田ノ尻集落では、今まで火まつりに使ってきた道具がだいぶ消耗してきたことから、しめ縄をはじめ行事で使う道具の新調することにしました。

作業は田ノ尻集落の三浦里志さん、髙橋登美男さん、藤原信雄さん、水谷仁光さんの4氏の手によって、ほぼ一日がかりで進められました。

この日は朝9時から雪中田植えで使用する、しめ縄、苗かご、絵灯籠の用意を中心に進められました。

こちらは、しめ縄を作る様子。雪中田植えは、水田に見立てた雪の田に束ねた稲ワラと大豆の殻を植えるようにして立て、その年の作占いと同時に豊作を祈願する小正月行事です。年末のすす払いに使った棒を雪の田に立てて、その周りにしめ縄をはり水田に見立てます。縄で田の区域を区別するだけでなく、神聖な場としてしめ縄をはりめぐらせている意味もある気がします。
使われる稲ワラは秋の収穫時から用意していたもので、初めにしべ取り(藁のくず取り)をし、できたものを束にまとめていきます。それができたら横槌で束になったワラを敲き、石の上で柔らかくしていきます。

しべ取り用の道具、稲わらを敲くための横槌など、少し昔であれば各家にあった道具が、調達困難となってしまった今、しべ取りは手で行い、自分たちで作った横槌で作業を進めたのだそうです。
この地道な作業はお昼までかけて行われました。

午後はいよいよ縄を綯って、一本の大きなしめ縄に仕上げていく作業に入ります。
しめ縄と言えば左綯い。
かつてしめ縄を綯っていた集落のお年寄りから作り方を学び、4人で作業方法を模索しながら、天井につるして綯っていく、写真のようなスタイルを編み出しました。こうして作られたしめ縄は、なんと9mもの長さになりました。
最後に飛び出たワラ毛を切って、完成です。

そして、早乙女たちが田植えで使う『苗かご』作りも行われました。
どうせ用意するのであれば本格的なものを作ろう、ということで、角館方面や横手方面まで足を延ばし、ようやく入手したサンプル品から竹の編み方を研究。
製作に至っては、材料の真竹を割るところから始めるという本格さに驚きです。

また、行事の雰囲気を盛り上げようと燈籠も製作されました。

五角柱の一面は扉のように開閉でき、蝋燭の着火点灯が簡単にできるよう、手の込んだ仕様になっていました。

こうして新調された道具は、2月3日に行われた太田の火まつりで初のお披露目。
しめ縄や祭壇、灯籠などが設置されたセットの中で、絣を着た早乙女の皆さんの田植え姿は多くの人の視線を奪いました。

 

集落単位での小正月行事が行われなくなっている今、どうやって継承していくかが課題だと語る水谷仁光さん。
雪中田植えをはじめ「田ノ尻の火まつり」の運営方法を覚書(マニュアル)に記し、若い人たちをどう取り込んでいくか模索している最中とのこと。
「年配者が若い人に教える」のではなく、一緒に楽しく行事を行う雰囲気づくりが大切だと熱を込めて語ります。

2月18日に行われる「田ノ尻の火まつり」。
バケツを使ったミニかまくら作りや、餅つきなど子供が楽しめる催しから、夜には雪中田植えや紙風船上げなどが行われ、例年、集落の大人や子どもを中心に100人近い人が集まります。

今年も盛況に開催されることを祈っています。