海外での大曲の花火

2014年1月1日

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ベルリンの空には壁がない

 創造花火は海外まで進出。その陣頭式を取った佐藤勲氏は創造花火の顔となり、昭和54年には西ドイツ・ボン、昭和58年には西ドイツ・ジュッセルドルフ、昭和62年には西ドイツ・西ベルリンとジュッセルドルフで花火を打ち上げている。

 中でも冷戦時代の西ベルリンで、打ち上げ前日の記者会見の場で「ベルリンの地上には壁があるが、空には壁がない。西も東の方も日本の花火を楽しんでください」というあいさつが、翌日の地元新聞のトップ記事として取り上げられ、大反響を呼んだことは有名な話である。

 また、佐藤氏の提案で、平成2年には「世界の花火師大曲会議」、平成4年には「国際花火デザインフェアイン大曲」が開催された。7か国から花火業者を集め、花火の芸術性やイベントにおける花火、安全性など新たな花火創造に向けた話し合いが持たれた。

(参考「THE HANABI」佐藤勲著)

佐藤勲(さとう・いさお)氏

明治43年に大曲で生まれる。
昭和32年から大曲の花火に関わり、昭和37年から平成8年まで大会委員長、大会顧問を歴任。「花火は丸いもの」といった従来の概念にとらわれない創造花火の生みの親であり、昭和38年念願であった通産大臣賞を創設し、大曲の花火の権威を一段と高めた。また、海外でも積極的に花火を打ち上げ、国内外に大曲の花火を広く紹介した。平成元年秋田県文化功労賞受賞。

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