夜花火の部「創造花火の部」

2016年5月24日

夜花火の部「創造花火の部」

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大曲の花火をこよなく愛した男

 革新的な創造花火や現在の大会運営の礎は、ある人の熱意とアイディアから生まれた。大曲の花火をこよなく愛した男、佐藤勲氏である。

 最先端の技と美しさを競う大曲の花火が人々を魅了する理由に、大曲発祥の創造花火という斬新な花火が持つ芸術性にあるといって過言ではない。

 大正・昭和と大曲の花火は全国有数の花火競技大会として人気を呼び、大いににぎわった。ところが、昭和30年代に入り娯楽の多様化のためか、観客動員数も頭打ちになる。

 そこで旧大曲市は、昭和32年に大曲商工会(現大曲商工会議所)に大会の主催権をゆだね、花火の存続を図ることにした。その商工会実行副委員長兼企画員としてこれに関わり、後に創造花火を生み出し育てていったのが、この人佐藤勲氏だ。

 佐藤氏は明治43年に大曲で生まれた。花火に関しては全くの素人で、若いころの夢は映画監督。花火大会に関わったときは47歳で金物屋を営んでいた。しかし、この花火が佐藤氏の眠っていた才能に火をつけることになる。

「花火は丸くなくてもいいじゃないか」

 当初の仕事は、寄付金集めや花火代金の決定など事務的なものだった。予算も少なかった時代、予算を伴わない事業として花火師への親切運動 を開始した。大会当日の早朝、大曲の駅前での受け付けに訪れた花火師を出迎えるというもので、今も大曲の花火の伝統として大会会長と実行委員長が、その任 に着いている。佐藤氏はこの機会を生かして花火師と積極的に交流。人望を得るとともに、花火の大革命となる創造花火の礎を着々と築いていった。当時、花火 職人は花火の添え物程度の扱いだったが、佐藤氏は「花火の玉を買っているのではない。花火職人の才能を買っているのです」と彼らの技と人間性を評価し、信 頼関係を深めていった。

 その一方、大きな花火大会が各地で開かれるようになり、大曲の花火はいよいよ危機的な状況を迎え、もはや伝統にあぐらをかいていられる状況ではなくなってきた。

 そんな中、昭和37年に佐藤氏は大会実行委員長に選ばれる。52歳の時だった。「5万人まで落ち込んでいた観客を20万人までにしたい。 そのためには、ほかにはない新しい花火を打ち上げなければだめだ。まちおこしのためにも『アッ』と驚く花火大会にしたい」佐藤氏の頭の中は花火のことで いっぱいだった。

 そんなとき、花火工場を訪れた佐藤氏は、とんでもない、あることをひらめく。「そうだ、花火は丸くなくてもいいんじゃないか」。それはこれまでの常識を覆す、新しいユニークな着想だった。

  1. 花火は丸くなくともよい。三角でも四角でも形には拘らない。
  2. 複雑な配色を避けて、単色化せよ。
  3. 花火の筒の大小の合せにより、リズム感と立体感を狙え。

 これが佐藤氏が考えた新しい花火。

 玄人受けする昔ながらの花火ではなく、一般の人が十分に楽しめるショーにしてこそ多くの観客を呼べる」と佐藤氏はそう考えた。

 当時は伝統の技を駆使して、いかに美しくどこから見ても丸い形になるかが採点のポイントとされた時代、人気復活の秘策として、実行委員会で絶対の自信を持つこの意見を発表。ところが他の委員や花火師にもう反対を受け、佐藤氏の斬新なアイデアは一蹴された。

 しかし、佐藤氏の花火変革への情熱は衰えない。企画がだめになったその足で、旧大曲市内はもとより全国の花火師のもとを訪れ、相談と説得 を続けた。そして花火師の賛同を得ることに成功した。これには今までの佐藤氏と花火師との交流が大きな助けとなり、花火師が佐藤氏の意欲と情熱に揺り動か されたことはいうまでもない。

 昭和38年の第37回大会は、佐藤氏の発案で全国初となる創造花火と命名された常識やぶりの新しい花火が、大曲の夜空に舞った。観客はそ こに水彩画のような色彩やリズム感、立体感、そしてなによりも花火師の独創性を感じ、惜しみない拍手と歓声を送った。また、その年から念願であった通産大 臣賞が授与されることになる。翌年からは競技として創造花火の部が設けられ、創造花火は日本全国に知れ渡ることとなった。

 その後、佐藤氏は音楽に合わせた花火の打ち上げを提案するなど、次々と革新的な花火を打ち上げる。年々観客数も増え続け、目標の20万人も軽く突破。今では日本一の花火大会と言えるまでに成長した。

(参考「THE HANABI」佐藤勲著)

佐藤勲(さとう・いさお)氏

明治43年に大曲で生まれる。
 昭和32年から大曲の花火に関わり、昭和37年から平成8年まで大会委員長、大会顧問を歴任。「花火は丸いもの」といった従来の概念にとらわれない創造 花火の生みの親であり、昭和38年念願であった通産大臣賞を創設し、大曲の花火の権威を一段と高めた。また、海外でも積極的に花火を打ち上げ、国内外に大 曲の花火を広く紹介した。平成元年秋田県文化功労賞受賞。

創造花火の部 審査基準

 色彩・リズム・立体感・構成など複合的な観点から創造性・独創性が審査され、題名(玉名)からイメージできる主題を花火で表現・演出できているか、観る者が共感できるかが重要なポイントとされている。